通常のかみ合わせは上下14本ずつ合計28本(前歯12本・奥歯16本)の歯で行います。その後方に生えてくる歯が「親知らず」(智歯)ですが、「抜く?抜かない?」「どこで抜く?」「どうやって抜く?」など、多くの疑問があるのではないでしょうか。今回は、国内外の大学病院の口腔外科で親知らずの抜歯に明け暮れ、現在は口腔外科医院を開業し、バラエティー番組でも口腔外科評論家として活動している歯科医師が「親知らず」の治療について解説します。(歯科医師 宮本日出)
疑問が多い親知らず
大きな病院で抜歯する理由は?
人の進化で顎骨は小さくなった一方、歯は大きくなったので、生えるスペースが十分になく、親知らずが他の歯と同様にトラブルなく生えることはまれです。歯の一部しか生えていなかったり、傾いていたり、完全に骨に埋まっていたりなど、さまざまなケースがあります。
基本的には親知らずが既に悪い影響を及ぼしているか、あるいはその可能性が高い場合は抜歯します。一部しか生えない、傾いて生えている場合、歯磨きがしにくい状態ですから虫歯や歯周病になりやすいためです。
いったん、親知らずが虫歯や歯周病にかかってしまうと手前の歯にまで虫歯菌や歯周病菌が移り、道連れのように虫歯・歯周病になります。仮に親知らずを治療しても、生え方の状態までは改善できないので、いずれは手前の歯をダメにします。このため、親知らずがまだ虫歯・歯周病になっていなくても、抜歯をした方が賢明です。
また親知らずの周囲にバイ菌が感染して痛みや腫れが出た場合も、抜歯することをオススメします。バイ菌が落ち着いて症状がなくなっても治ったわけではなく、バイ菌の侵入経路はなくならず、磨き残しがあったり体調を崩したりした場合、容易に症状は再燃するからです。基本的に感染を繰り返せば繰り返すほど、病態は悪化してひどくなっていますから、早期の決断が必要です。仮に症状がなくても骨の中でバイ菌がくすぶり続け、骨を溶かし、周りの歯を巻き込んで悪い状態にして、最悪抜くしかなくなることも少なくありません。
そもそも上の歯というのは前から後ろ方向に生える傾向があります。乳歯から永久歯に生え変わるときに、一時的に永久歯の前歯がすきっ歯になるのもその影響です。親知らずも後ろ方向に傾いていることが多いですから、一番後ろに位置する親知らずは抜歯の際に障害がありません。また上顎は下顎の骨と比べ軟らかく、完全に骨に埋まっておらず、一部でも親知らずが見えていたら、普通の医院でも抜歯は可能です。
他方、下の親知らずはそんな簡単には行きません。下の歯は後ろから前に向かって生える習性があります。ですから親知らずが生えるときに、前の歯を後ろから押して、その力が下の歯全体に伝わり歯並びが重なってしまうことも珍しくありません。矯正治療を受けた人、あるいはこれから受けたい人は、歯並びのためにぜひとも下の親知らずは抜歯してください。
また下顎の骨は皮質骨と呼ばれる甲羅のように硬い骨に覆われているので、親知らずを抜歯する際には、この皮質骨を削除する必要があります。口腔外科を専門としている歯科医院か、手術設備が整っている病院の口腔外科で抜歯する方が賢明です。