「1日3食では、どうしても糖質オーバーになる」「やせるためには糖質制限が必要」…。しかし、本当にそうなのか? 自己流の糖質制限でかえって健康を害する人が増えている。若くて健康体の人であれば、糖質を気にしすぎる必要はない。むしろ健康のためには適度な脂肪が必要であるなど、健康の新常識を提案する『ケトン食の名医が教える 糖質制限はやらなくていい』(萩原圭祐著、ダイヤモンド社)。同書から一部抜粋・加筆してお届けしている本連載。読者からは「こんなの知らなかった」「エビデンスにもとづいているので信頼できる」「ケトン体とは何かがよくわかった」「健康のためには食事が重要であることが理解できた」などの声が多数寄せられている。今回は、秋田大学大学院系研究科教授で腫瘍内科医の柴田浩行先生に、本書の感想やおすすめポイントなどについて話を聞いた。

【名医が教える】10年前までは効果が疑われていたのに、今では最先端となっているがん治療法とは?Photo: Adobe Stock

――柴田先生と萩原先生が出会ったのは、いつ頃、どういうきっかけだったのですか。

柴田浩行(以下、柴田) 萩原先生と最初に会ったのは6年ほど前、日本がん治療学会のときでした。萩原先生が「がんケトン食療法」について発表をされたのですが、講演のあとに会場で話をしました。知り合いを通じて会う機会を設けてもらったのです。当時は「がんケトン食療法」については、私自身はよく知りませんでした。ただ、元々、私はクルクミン(ポリフェノール化合物の一つ。ショウガ科植物のウコンの根に含まれる成分で、抗酸化効果や肝機能改善効果などが知られている)というフィトケミカル(食用される化合物の意味)の抗腫瘍活性(悪性腫瘍の増殖を抑制する働き)を追求していたこともあり、以後は、私も食事に関する論文をいろいろと読んだり、がんケトン食研究会に参加したりして勉強しました。萩原先生はケトン体で、私はクルクミンでお互いの研究対象は違いますが、食べものから病気にアプローチするということでは共通するのかなと思っています。

――今回、萩原先生の『糖質制限はやらなくていい』を読まれての率直なご感想はいかがでしょうか。

【名医が教える】10年前までは効果が疑われていたのに、今では最先端となっているがん治療法とは?柴田浩行(しばた・ひろゆき)
秋田大学大学院医学系研究科 腫瘍内科学 教授
1962年生まれ。愛知県名古屋市出身。1987年3月東北大学医学部卒業。1987年6月仙台厚生病院消化器科・診療医、1991年 3月東北大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)、1991年10月癌研究所細胞生物部研究生、1992年 4月癌研究所細胞生物部研究員、1996年 4月東北大学加齢医学研究所化学療法科・医員、1996年 5月東北大学加齢医学研究所癌化学療法研究分野・助手、2003年10月東北大学医学部腫瘍内科講師・医局長、2007年 6月東北大学病院腫瘍内科副科長、2007年 7月東北大学加齢医学研究所癌化学療法研究分野・准教授、2008年 7月東北大学病院がん診療相談室室長を兼務、2009年 2月秋田大学医学部臨床腫瘍学講座教授、2009年 4月秋田大学医学部付属病院化学療法部部長・腫瘍内科長を兼務。2021年4月 秋田大学・先進ヘルスケア工学院・教授を兼務、2022年4月 秋田大学・大学院医学系研究科・地域がん医療学講座・教授を兼務。
2021年に柴田教授らのグループは、クルクミンに似た物質であるGO-Y030という新規化合物が腫瘍を抑制するメカニズムがあることを解明。現在、腫瘍免疫療法の効果を向上させるための研究が進められている。

柴田 この手の健康本のタイトルは、ふつうなら「何々しなさい」というやや押し付けるような表現になりがちだと思いますが、「やらなくていい」というのは、どこか控えめというか、その点はやはり研究者なのだなという印象を持ちました。出過ぎず、でも控えでもないと思いました。ケトン体について書いてある本はすでに世の中に何冊か出ていますが、中には、大げさに書かれているものもあるように思います。けれども萩原先生の本は、それなりの節度があるというか、現状の医学でわかっている部分とわかっていない部分をきちんと書き分けているのが、とても好感が持てました。

――本の中で具体的に印象に残っている点などはありますか。

柴田 そうですね。食事ががんに効くと思っている人は、一般の人はもちろん、研究者のなかでもそんなにたくさんいないと思うのです。でも、食事ががんに効かないとも言えないと思います。本の帯にも「健康の新常識を提案する」と書かれていますが、まさしく古い常識を打破して、新しい常識を提案するというのは、私たち研究者がもっとやらなければいけないことでもあると思います。

――本の中では、「ケトン体を活性化することが健康にとって重要である」と書いてありますが、柴田先生はケトン体については、どういうふうに捉えられていますか。

柴田 私は直接、ケトン体の研究をやっているわけではないのですけど、萩原先生の話や世の中に出ている本を読んだりして思うのは、ケトン食の可能性です。ただ、ケトン食療法をとり入れてがんが治ったという人もいれば、治らなかったという人も出てくると思います。私のやっているクルクミンのがんへの応用研究もそうですが、そこはもっとエビデンスを示していく必要があります。

 科学の歴史を振り返ってもそうですが、それまで非常識だと言われていたことが、ある時、新しい発見があって、そこから常識が変わっていくということが繰り返されてきました。ケトン体にしても、クルクミンにしても、まだ科学的な解明が十分に進んでいないから批判されたりもするのでしょうが、でも、批判ばかりしていても、世の中は進歩しないので。そこに挑戦していくのが私たちのような研究者の役割でもあると考えています。

――「それまでの非常識がある時から常識に変わった」という、何か具体的な事例などはありますか。

柴田 たとえば、10年ぐらい前まではがんの免疫療法(患者さんのリンパ球を培養してそれを注射する)というのは、1回注射を打つだけで30万円くらいかかる「自由診療」で、保険診療としては承認されていませんでした。患者さんが、どうしても免疫療法をやりたいと希望するので、紹介状を書いたこともありましたが、この方法で、免疫を活性化させようとしても、なかなかうまくいきません。でも、免疫療法の欠点が解明されて、今では薬物療法の大半に免疫療法が導入されています。どうすればうまくいくかが解明されたからです。だから非常識なことでも、科学的な解明が進めば、それが常識になる日が来るのです。

――そんなことがあったのですね。

柴田 ケトン食療法とは、高脂質食に加えて糖質制限もする食事とのことですが、そもそも糖質制限という発想は、ワールブルグ効果と言って、1930年代にノーベル賞をとったオットー・ワールブルグという人が最初に発見した現象に基づきます。それは「がん細胞は糖質を非常にたくさん消費するから、その働きを逆に利用して、がんの糖代謝をうまく変化させれば、がん細胞が栄養をとれなくなり窮地に陥る」というものです。

 でも、未だにそれを具体的に実現する方法論を誰も編み出していないのです。だからケトン体を使うのか、糖質を制限するのか、いずれにしてもワールブルグ効果を利用できないかと、いろいろなアプローチが研究者のなかで考えられているところです。

――今では免疫療法が主流になりつつあるということですが、それは本庶佑(ほんじょ・たすく:医師、京都大学名誉教授)先生が2018年にノーベル医学生理学賞を取った研究が一つのターニングポイントになったということですか。

柴田 そうです。実はがんの免疫療法に関して明治時代に考えられています。これは、アメリカの外科医でウィリアム・コーリーという医師が患者さんに不活性化した溶連菌をワクチンのように打ったら、頭頸部がんの患者さんの半分でがんが縮小したということから、当時は、コーリーワクチンと呼ばれました。ただ、その後、それが再現できなかった。免疫を強くすればがんが消えるかもしれないという事実が一方でありながら、恒常的に再現できないから、「がん免疫療法」なんて嘘だろうという話になったのです。

 がん細胞は、免疫細胞によって攻撃されないように免疫細胞にブレーキを掛けます。免疫細胞ががん細胞を攻撃しようとしてもブレーキが踏まれているから働けないのです。本庶先生たちは、その免疫の働きを抑えるブレーキ役となるタンパク質「PD-1」を発見したのです。そしてそのブレーキを解除してやったら、免疫が作動し、がん細胞を攻撃するようになりました

 このブレーキを解除する方法(「免疫チェックポイント阻害療法」)を誰も気づかなかったために、永らく免疫療法は偽物だと言われてきたのですが、本庶先生の研究がブレークスルーになって、今では免疫療法を嘘だと言う人はいなくなりました。