分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語るロングセラー『若い読者に贈る美しい生物学講義』。養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel)「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け! 相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ。」、長谷川眞理子氏「高校までの生物の授業がつまらなかった大人たちも、今、つまらないと思っている生徒たちも、本書を読めば生命の美しさに感動し、もっと知りたいと思うと、私は確信する。」(朝日新聞書評)と各氏から評価されている。今回は書き下ろし原稿を特別にお届けする。
巨大な隕石の衝突
白亜紀という時代が終わる約6600万年前に、巨大な隕石が地球に衝突して、ほとんどの恐竜は絶滅した。しかし、恐竜の中の一つのグループである鳥類は生き残った。最近の研究によれば、鳥類以外の恐竜の中にも、生き残ったものが少しはいた可能性があるけれど、それも巨大隕石が衝突してからせいぜい数万~数十万年程度だろう。
現在まで生き残っている恐竜は、鳥類だけなのである。それでは、なぜ鳥類は生き残ったのだろう。これまでは、鳥類は飛行などのすばらしい適応能力を持っていたので、他の恐竜と明暗を分けたのだ、と考えられることが多かった。そのため、最小限のダメージで大量絶滅をくぐり抜けてきたというイメージが、鳥類にはあった。
現在生きている鳥類は1万種を超える。これは哺乳類の6000種をはるかに凌ぐ種数である。白亜紀末に多くの恐竜が絶滅してから、地球は哺乳類の時代になったと言われるが、種の多様性で考えれば、今は鳥類の時代と呼んだ方がよいだろう。
隕石が衝突した後でもこんなに繁栄しているのだから、鳥類はあまりダメージを受けずに大量絶滅を生き延びた、というイメージを持たれるのは自然なことかもしれない。しかし、本当にそうだろうか。
隕石が衝突する前の鳥類たち
じつは、隕石が衝突する前の白亜紀の地層からは、さまざまな鳥類の化石が産出する。そのため、白亜紀には鳥類が非常に繁栄していたと考えられている。ある分類体系では、白亜紀の鳥類は5つのグループに分けられる。1つ目はエナンティオルニス類で、顎には歯があり、翼には指があった。
内陸から海辺に至るまで広く分布しており、肉食から魚食までさまざまなタイプのものがいた。2つ目はパリントロプス型類で、現在のモンゴルに生息していたことが知られている。3つ目はイクチオルニス類で、現生のカモメのような形のものがいた。水中に潜って魚を食べていたと考えられている。顎には歯があり、翼には指があった。
4つ目はヘスペロルニス類で、体が大きくて飛べないものが多かった。代表種のヘスペロルニスは全長が1.8メートルもあり、ペンギンのように水中に潜って魚を食べていた。5つ目が新鳥類の仲間で、この仲間の一部が現在の鳥類の祖先になったようだ。
生き延びたのはごく一部
このように白亜紀に繁栄していた鳥類のうち、大量絶滅を生き延びたのは新鳥類の仲間の一部だけで、他の4つのグループは絶滅したと考えられている。新鳥類の仲間にしても、そのほとんどが絶滅し、生き延びたのはごく一部に過ぎない。とくに、現在の多くの鳥類のように森林で生活していたものは、全滅したようだ。
おそらく、森林の一部は、隕石の衝突によって焼失した。そして、残りの森林も、その後に起きた寒冷化や光合成の停止によって、壊滅状態に陥ったのだろう。衝突によって生じた粉塵が大気中に残留したことで、太陽光が地表に届かなくなったために、寒冷化が起きただけでなく、光合成もできなくなったのだ。そのため、森林に棲んでいた鳥類は全滅してしまい、生き残ったものはカモやニワトリのような地上性の鳥の中のほんの一部だけだったようだ。
つまり、ほとんどの鳥類も、他の恐竜と同じように、白亜紀末に一斉に絶滅したのである。そして、生き残ったほんの一握りの鳥類が、その後多様性を増大させて、現在の繁栄を築いたのであろう。
もしかしたら、一部の鳥類が生き延びたのは、たまたまだったのかもしれない。鳥類がすべて絶滅しても、別に不思議はなかったのかもしれない。
私たちは、つい現在の状況を過大評価してしまう。現在、鳥類は非常に繁栄していて、その他の恐竜は完全に絶滅している。そのため、鳥類はその他の恐竜よりも何かが大きく優れていたと考えがちだ。
でも、白亜紀末の時点では、鳥類もその他の恐竜も大部分は絶滅していた。だから、じつは鳥類とその他の恐竜の間に、大した違いはなかったのかもしれない。そして、もしそのとき鳥類が完全に絶滅していれば、現在の繁栄はなかったことになる。
つまり、現在大繁栄しているからといって、何かが優れているとは限らないということだ。ただ、運がよかっただけかもしれないのだ。
そして、それは鳥類だけでなく、私たち人類にも当てはまることかもしれない。
(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の著者更科功氏による書き下ろし連載です。※隔月掲載予定)
更科 功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授、東京大学大学院非常勤講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)、6万部突破のロングセラー『
若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。
くつろいで受けられる生物学講義――著者より
ある農家に怠け者の男がいた。男は働くのが面倒でたまらないので、自分の代わりに田畑で働いてくれるロボットを作った。
ところが、ひと月経つと、ロボットは壊れてしまった。仕方なく、男はまたロボットを作った。ところが、そのロボットも、ひと月経つと壊れてしまった。
そこで男は、新型のロボットを作った。新型のロボットは、田畑で働くだけでなく、ひと月経つと新しいロボットを作って、それから壊れた。だから、男は、一日中家で寝ていられた。
そんな折、男は作られるロボットが、少しずつ違うことに気がついた。
たとえば、性能が1のロボットが作ったロボットの性能は、1.1になることも0.9になることもあった。しかしロボットの性能が、急激に変化することはなかった。
そのうちに、たまたまロボットを2体作るロボットができてしまった。ところが、男の家には、ロボットを動かす燃料は1体分しかない。
ロボットは、毎日農作業が終わって家に戻ると、燃料タンクから自分で燃料を入れることになっていた。そのため、農作業が早く終わったロボットが、先に家に戻って燃料を入れてしまう。すると、もう1体のロボットは燃料を入れることができない。そのため、燃料切れになったロボットは、家の隅に転がったままになった。
そんなことが繰り返されていくうちに、ロボットの農作業はものすごく速くなった。生き残るのは、いつも性能が高いロボットだけだからだ。仮に、毎月性能が1.1倍になったとすれば、4年で、ほぼ100倍になる。ロボットは、急速に変化していき、もはや怠け者の男にはコントロールできないものになってしまった。
ついにロボットは、自分で燃料を採掘するようになり、とうとう地球を支配するにいたった。もはや人間の姿は、どこにも見当たらなかった。
以上の話は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の中に書いた話(の一部)である。ロボットが2体ずつ作られて、そのうちの1体だけが生き残るなら、そのときの状況に適応している方が生き残ることになる。これは自然選択と呼ばれる現象で、ダーウィンが進化のメカニズムとして見つけたものだ。
この話では、自然選択が働き始めたときに、ロボットの急速な変化が始まった。それは、もう元には戻れないような、根本的な変化であった。この瞬間にロボットは生物になったのだと、私は思う。
これまでは、生物とはどういうものかを考えるときに、物質的な側面から考えることが多かった。たとえば、地球の生物の体のなかでは、いつも物質やエネルギーが流れている。この流れを代謝というが、これを生物の定義の一つとすることが多い。
しかし、宇宙にはどんな生物がいるかわからない。たとえば、ロボットの体の中には、いつも物質やエネルギーが流れているわけではない。スイッチを切って寝ていれば、物質もエネルギーも流れない。それでも、宇宙のどこかに、さっきの話のようなロボットがいたら、それは生物と言ってもよいかもしれない。地球の常識から言えば、金属でできたロボットは生物ではないけれど、それは宇宙の常識とは違うのではないだろうか。
もしも、宇宙全体で生物を定義できるものがあるかどうかわからないが、もしあるとすれば、それは「自然選択」だろう。どんな形をしていようが、どんな物質でできていようが、どんな振る舞いをしようが、とにかく自然選択によって作られたものが生物なのではないだろうか。生物は自然選択によって、周囲の環境に適するようになったものだ。つまり、その環境の中で、なかなか消滅しないようになったものだ。つまり、生き続けるようになったものなのだ。
だから、本来生物は、生きるために生きているのであって、生きる以上の目的はないのだろう。生きるために大切なことはあっても、生きるよりも大切なことはないのだろう。まあ、生きていれば、それだけで立派なものなのだ。
『若い読者に贈る美しい生物学講義』では、従来の生物の見方に収まらない話も盛り込んでみた。
内容を簡単に紹介すると、まず生物とは何かについて考える。その中で、科学とは何かについても考えていく。生物学も科学なので、その限界を理解しておくことが大切だからだ。それから実際の生物、たとえば動物や植物などの話をしてから、生物に共通する性質、たとえば進化や多様性について述べる。最後に身近な話題、たとえばがんやお酒を飲むとどうなるかについて話をする。「講義」という言葉が入っているが、くつろいで受けられる講義にしたつもりである。
楽しんでもらえると、よいのだけれど。
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