多くの企業が取り組む「ESG経営」。社会での重要性は高まっているものの定着しているとは言いがたい。しかし、すべてのステークホルダーの利益を考えるESG経営こそ、新規事業の種に悩む日本企業にとって千載一遇のチャンスなのである。企業経営者をはじめとするビジネスパーソンが実践に向けて頭を抱えるESG経営だが、そんな現場の悩みを解決すべく、「ESG×財務戦略」の教科書がついに出版された。本記事では、もはや企業にとって必須科目となっているESG経営の論理と実践が1冊でわかるSDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』の出版を記念して著者である桑島浩彰氏、田中慎一氏、保田隆明氏にインタビューを行なった。

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顧客をわくわくさせる未来を描く

――「ESG財務戦略」についてコメントをお願いします。保田さん、客観的な指標という観点で、ESGのスコアを上げるためのポイントはどこになりますか。

保田隆明(以下、保田)ここまでの連載で取り上げた「ガバナンス」(G)のところと、あとは「人的資本」(S)の部分がポイントになります。そこに対応することで、スコアにポジティブな影響があるのは明確ですから、日本企業の伸びしろは十分あると言っていいと思います。

田中慎一(以下、田中):私たちはどうしても、よかれと思って「このあたりが遅れているのでこうしたほうがいい」「世界はこういう取り組みをしているから、日本も取り入れなければならない」と語りがちです。

 ただ、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が発行している「ESG活動報告」を見ると、菅義偉前総理がカーボンニュートラル宣言をしたこともあって、ものすごい勢いでキャッチアップしています。

 とはいえ、ESGの評価は「相対評価」という点には注意が必要です。たとえば、トヨタのパフォーマンスがよくなっても、テスラ、GM、BMWといった海外勢がさらにがんばると、スコアは上がりません。日本企業のESGが進展しているのに国別順位が上がらないのはそのためです。

桑島浩彰(以下、桑島):ESGのE(環境)のところで、すでにできていることはいっぱいあるはずですから、改めて整理して、ストーリーを仕立てるだけでもずいぶん効果があると思います。その点、海外勢は巧みですね。日本企業が「CO2削減なんて、数十年前からやっています」と感じていることを上手にストーリーにして発信していますから。

保田:日本企業のスコアリングが、横並びになっている点は気になります。他の日本企業の動向を見ながらアクションしているので、スコアが同じような内容になってしまっているのです。

桑島:その状況を解消するためには、「自社が外に対して働きかけて社会をよくしていく活動が、ESGやSDGsである」という意識を払拭していきたいですね。「他の企業はどうしているか」とか「どう外に働きかけるか」ではなく、自社に目を向けることでしか、わくわくするストーリーは生まれませんから。

田中:GPIFの元CIOで、最近までテスラの社外取締役にもなっていた水野弘道さんがおっしゃっていることにも通じる話ですね。

桑島:イーロン・マスクも最初から「ESGをどうするか」を考えたわけではなく、テスラにおいても、スペースXにおいても、「こういう世界を実現したい」というマスタープランが先にあったはずです。そして、「ESGは大切だ!」という宣言よりも、「世界中の人にアクセシブルなEVをつくるぞ!」「火星に移住するぞ!」というスローガンのほうが、人々はわくわくするものです。

 ですから、日本企業も、まずは自社の達成したいビジョン、目的からはじめるなら、ESGを目的化してしまうことなく、顧客をわくわくさせられるような未来を描けるのではないでしょうか。まず、なりたい姿がなければ、ESGという文脈でどういう活動をするかは見えてきません。外に働きかけるのはそのあとでいいのです。