向かって左が、ケイト・ブランシェット指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団ほか「TAR／ター オリジナル・サウンドトラック」（ユニバーサル、2023年）。向かって右が、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団「マーラー交響曲第5番」（ユニバーサル、1993年）。ジャケットが驚くほどよく似ているので笑ってしまった Photo by Kenichi Tsuboi
映画「TAR／ター」（以下、TAR）が劇場公開されて1カ月が過ぎた。好評につき上映が続いている映画館も多いようだ。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団初の女性首席指揮者を演じるのは、アカデミー賞俳優のケイト・ブランシェット。筆者も見たところ、見事な熱演で驚いた。そしてサウンドトラックのCDも購入したところ、今度はジャケットとクレジットを見てまた違う意味で驚いた。（コラムニスト 坪井賢一）
頂点に上り詰めた女性指揮者の転落劇
まず断っておくと、本稿は映画のネタバレを大いに含む。まだ映画を見ていない読者は、この記事をブックマークして、映画を見てから記事を読んでほしい。
あらすじはこうだ。ブランシェットが演じる指揮者リディア・ターは、アメリカの地方都市出身。全米5大オーケストラの指揮者を務めた後、ベルリン・フィルハーモニーの首席指揮者に指名されて7年が過ぎた。アメリカでは作曲家としてもエミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞を受賞し、ベルリンではマーラーの交響曲全曲の録音を進め、第5番をもってコンプリートする見込みとなっている大指揮者である。
しかし、第5番の録音がうまく進まない。CDのカプリングをエルガーのチェロ協奏曲とし、
それやこれやで薬物による幻聴や幻視にも悩まされているターは、やがて指導している学生へのパワハラが暴露されたのをきっかけに、周囲から徹底的に非難されるようになる。結局、マーラーの5番が進捗（しんちょく）しないままベルリン・フィル首席指揮者の座を辞したター。その後、他の指揮者に任された第5番の演奏会を破壊し、放逐されてしまう。しかし、このどん底が物語の終幕ではない。
