カニバリゼーション――日本語では「事業の共食い」と呼ばれる現象が、企業を悩ませている。昔からカニバリゼーション(以下、カニバリと略)は起きていたが、最近その内容が少し変わってきているのである。ビジネスモデル論の第一人者で早稲田大学ビジネススクール教授の山田英夫氏が書いた『カニバリゼーション 企業の運命を決める「事業の共食い」への9つの対処法』では、ビジネスモデルが変化する時代のカニバリの構造を解読し、その対処法を探っている。今回は、リクルートがいかにカニバリを乗り越えるかを紹介しよう。
ビジネスモデルのカニバリゼーションの時代
従来、カニバリは、①製品間のカニバリ、②ブランド間のカニバリ、③チャネル間のカニバリなどが多かった。
同じメーカーの洗剤が店頭で競争して、お互いを食い合ってしまう例や、未だオリジナルのDVDやブルーレイがまだ売れているのに、廉価版を早く出しすぎて、売上を減らしてしまった例などがこれまでもあった。
しかし最近は、これらに加えて「ビジネスモデルのカニバリ」が登場してきた。
例えば、売り切り型商品をサブスクリプション(継続課金)に切り替えたが、思った程ユーザーが増えず、トータルの売上が減ってしまう。
紙媒体から電子媒体への転換も、コストは下がったが、顧客が払ってくれる価値も下がってしまい、利益が減ってしまう。
また固定料金から成功報酬への転換、コスト課金からフリーミアムへの転換などでも、ビジネスモデルのカニバリが起きている。
こうしたビジネスモデルのカニバリを乗り越えてきた企業のケースを紹介することによって、対策を考えてみよう。
ケース1
課金方法が異なるリクルートとインディード
リクルートは過去、さまざまなカニバリを軽々と乗り越えてきた。多くの企業ではなかなかこうはいかないだろう。
情報誌からウェブへのビジネスモデルの転換では、顧客が求める価値は広告効果だった。紙からウェブに手段が変わっただけで、効果は同じか良くなったため、顧客から値引き要求は出なかった。
営業担当者も、情報誌とは別建てでウェブの売上も評価されたため、社内で騒がれた割には、カニバリは起きなかった。
一方、M&Aによって取得した米国インディードと、従来からの求人ビジネスの間でカニバリの懸念が出てきた。これは同社のカニバリを乗り越えてきた歴史の中でも事情が異なる。
従来のリクルートの求人ビジネスは、職種、雇用形態、地域の違いはあっても、すべて事前に掲載料をもらう広告モデルであった。
一方インディードのビジネスは、求人情報に特化した検索エンジンであり、世界中の求人情報を収集している。インディードは、コンピュータが自動的に求人情報をネットから収集する仕組みと、求人するクライアントが直接入稿する両方から成る。
インディードへの求人情報の掲載は基本無料であり、求職者がクリックした回数に応じてクライアントに課金する「クリック課金」をとっている(最近、求職者が応募した際に課金する応募課金型にシフト中のようだ)。
広告掲載課金 vs. クリック課金
簡単に言えば、リクルートが広告掲載課金、インディードはクリック課金であり、広告効果に不安のあるクライアントにとっては、インディードのビジネスモデルは固定費を先に払う必要がなく、リスクは少なくなる。
リクルートにとっては、「広告効果があります」と言って掲載料をもらってきたので、今さら「効果があったら料金をいただきます」には転換しにくい。このためリクルートとインディードとの間では、カニバリを起こす可能性が出てきたのである。
ちなみに、インディードが最も強かった分野は、現場第一線の仕事や地域の求人情報であり、これは、リクルートの「タウンワーク」とカニバるものであった。
インディードとの連携の狙いは
インディードは2004年に日本に上陸し、2012年にリクルートにM&Aされるまで、独自の営業部隊を持って活動していた。
M&A後も、しばらくはリクルートとインディードは別々の営業をしていたが、シナジーを効かせないと統合効果が出ないということもあり、タウンワークは「アイプラス」という仕組みを作り、インディードと連携するようになった。
これは、タウンワークに掲載すると、インディードのサイトにも必ず掲載され、かつ優先表示されるものであった。
こうして両社は、カニバリの関係ではなく融合の方向に舵を切ったように見えるが、本当にカニバリは解消されるのであろうか。
タウンワークにとっては、アイプラスを採用することによって、インディードとの連携ができたが、見方によっては、アイプラスはクライアントが直接インディードと契約することを防ぐ“防波堤”の役割を果たしているとも言えよう。
すなわち、既存の求人ビジネスとしては、融合策を打ち出した裏側では、インディードによる浸食を防ごうとしているのではないだろうか。
本格的なカニバリはこれからか?
リクルートは、かつては自前の営業担当者による直販を強みとしてきたが、最近では代理店営業が中心になってきた。
既存の代理店は、インディードが国内に本格参入したことによって、カニバリを恐れることになった。職種や目的によって、両社を使い分ける賢いクライアントも増えてきたからである。
理屈の上では、リクルートの代理店がインディードの代理店になることも可能であったが、未だ両社の代理店の融合は図られていない。
しばらくは、流通チャネルでのカニバリは続いていくであろう。
リクルートは、情報誌からウェブへの転換は、事前に騒がれていたカニバリもほとんど起きず、上手く転換が進んだ。
といっても、すべての雑誌がウェブ化された訳ではなく、写真や情緒的情報が物を言う『ゼクシィ』『じゃらん』『SUUMO』などは、雑誌とウェブを併存させている。
リクルートでは創業以来、広告の効果測定を重視する風土があり、その結果を踏まえて、紙とウェブを使い分けるノウハウが蓄積されてきた。
一方で、もしインディードが国内でどんどん売上を伸ばせば、課金スタイルの全く違う求人事業をリクルート・グループ内に2つ持つことになり、今後はチャネル政策も見直さなくてはならない日が来るかも知れない。