企業が成長をめざすとき、その手法としては「内部成長」「買収」「提携」がある。少々まどろこしい内部成長に対し、買収はリスクも高い。そして、柔軟に思える提携の失敗確率は実は非常に高く、踏み切る前に十分な検討が必要である。グループ経営戦略書の決定版『全社戦略』から一部をご紹介する。
企業の成長を検討する経営者は、次の3つの基本的な質問に答えなければならない。
(1)どの期間で成長機会を探すのか(成長期間)。
(2)成長はどこからやってくるのか(成長の源泉)。
(3)特定された成長機会を実現する最善の方法とは何か(成長への道筋)。
では、前回までに取り上げた(1)成長期間、(2)成長の源泉につづいて、今回は(3)成長への道筋について見ていこう。
どのように成長するか?
「どの方向に成長するか」を決定した後、企業の成長に対する3つ目の大きな質問は「どのように成長するか」である。特定した成長機会をつかみ、利用するには、社内的または社外的にどのような経路を進むのがベストだろうか。
成長の経路には基本的に次の3通りがある。
(1)内部成長
(2)買収
(3)提携
これらの経路すべてが、3つの方向すべてと3つの成長ホライズンすべてに関連することもありうる。例えば、買収は、隣接事業や関連のない事業への参入に有効な手段であるだけでなく、競合を獲得し、業界を統合することにより中核事業を強化するためにも利用できる。反対に、魅力的だが関連のない分野での成長機会を実現するために、実績のある企業を買収するだけでなく、自社での研究開発やコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)への投資、戦略的提携を行うことも可能だ。
内部成長(有機的成長)には多数の長所がある。まず、必要とされる先行投資はかなり限定的で、支出を長期に分散させることができるため調整しやすく、リスクも対応可能なレベルである。また、社内の資源とケイパビリティを活用し、社内の知識やケイパビリティの基盤をさらに発展させることができる。内部成長を重視することで、長期的に企業内起業家精神の組織文化が醸成され、新たな成長機会の継続的な探求が促され、これが企業にとって重要なダイナミック・ケイパビリティの1つとなる。さらに、社内で成長機会を開発することで、段階的な意思決定が可能となり、時間をかけて戦略を学習・調整し、環境条件の変化に対応することができるようになる。これは、機会の不確実性が高く、企業が制御できない外生的要因に依存している場合には特に重要である。
しかし、成長の機会を捉えるには、内部成長はややまどろっこしい方法である。内部成長の場合、社内資源だけで目標のポジションに到達できるかどうかが定かではないため、独自のリスクを伴う。特に、大きな参入障壁がある場合は難しい。例えば、主要な資源を支配している既参入企業が、法規や顧客にとっての高額な切り替えコストで守られている場合、この障壁は構造的なものである。また、規模の経済性や、後発企業には遅れを取り戻すことが難しい学習曲線効果の恩恵を受けている場合も同様だ。しかし、既参入企業が過剰供給による価格戦争の脅威をほのめかすなど、効果的な参入阻止戦略を取っている場合の参入障壁は戦略的なものにもなりうる。
買収を検討すべきケース
このような参入障壁が実際に存在する場合、内部成長は困難であり、実績のある企業の買収を検討すべきである。また、時間が重要であるならば、買収が望ましい経路となることもある。例えば、先発者の優位性やネットワーク効果により、最低限の採算規模を迅速に構築することができる。ある意味、確立された実績のある事業の買収は、不確実な内部成長よりもリスクが少ない。買収すれば、社内では築き上げることが難しい新たな資源やケイパビリティも利用できるようになる。買収した組織は市場参入に必要な直接的能力を提供してくれるだけでなく、社内の既存の考え方に疑問を呈し、企業発展のための新たな視点と機会を切り開く可能性もある。さらに、買収は、競争への覚悟を示す強力で説得力のあるシグナルを発信する。実際、買収により、買収企業の潜在的な競争相手は、市場から排除される。
このような買収のメリットは、高額な先行投資、巨額の取引コスト、買収特有のリスクを補って余りあるものでなければならない。もちろん、買収戦略が機能するのは、優先順位の高い成長分野に、適当な買収対象が存在する場合だけだ。しかし、魅力的な買収対象が特定されたとしても、M&Aには多くの実質的なリスクが伴う。例えば、買収価格が過剰、買収前の不十分なデューデリジェンスにより想定外の問題が起こる、被買収企業との統合が脆弱で期待した相乗効果が得られない、文化の衝突により重要な社員を失う、経営者の注意が分散されポートフォリオの残りの部分に悪影響が出る、などが挙げられる。M&Aのパフォーマンスに関する研究は、半数以上のディールが買収する側の企業の株主価値を損なっていることを常々示している。多くの場合、買収の恩恵を受けるのは、買収プレミアムを受け取る被買収企業の株主だけである。しかも、買収プレミアムはしばしば高額となる。
「提携」は本当に柔軟な手なのか?
パートナーシップ、つまり提携はもう1つの優れた選択肢である。提携は、国内法令や合併規則、ターゲット企業の抵抗などの理由で完全な買収が不可能である場合にも有効だ。新しい成長分野へ参入したい企業が、買収前に様子を伺い、コミットメントを限定し先行投資を抑えるには、提携が効果的である。双方のパートナーは、ベンチャー企業のリスクを共有する一方で、お互いの力を結集し、能力を補完することで成功の確率を高められる。さらに言えば、うまくいけば提携先を拡大するオプション(例えば、後に提携先を完全買収する)を確保しつつ、期待に反した場合は比較的低い撤退コストで提携を解消するオプションも確保することができるのだ。
提携は比較的柔軟で、さまざまな形態をとる。提携には、協業(コラボレーション)することに合意したものの、相手方の株式を保有しない、出資を伴わない、または業務を運営する独立会社を設立しない提携、提携先の株式を保有することで契約を補完する出資を伴う提携、提携企業が互いに出資し提携業務を運営する法的に独立した会社を設立するジョイント・ベンチャー(JV)がある。
しかし、提携であらゆる問題が解決されると思ってはいけない。完全買収とは異なり、提携では、相手方の資源やケイパビリティへのアクセスは限定的であり、自社と相手方のビジネス哲学、戦略的優先順位、投資期間が大きく異なる場合、共同支配の事業モデルは管理が困難になる。その結果、日和見主義的な行動、限られたコミットメント、モラルハザード、さらにはあからさまな不信感、利害の衝突、パートナー間の権力闘争などが生じ、複雑なガバナンススキームや当初の予想をはるかに超えた経営上の注意が必要になることがある。これまでの実証研究で、戦略的提携の3分の2は深刻な問題に直面し、失敗確率は70%にも上ると報告されているのも驚くべきことではない(Das and Teng 2000)。