イーロン・マスクがオーナーになったツイッターはその名称を廃止し「X社」となり、おなじみの青い鳥も「Xロゴ」に変更された。マスクのこの「X」への異様な執着はなんなのか。
マスクやピーター・ティールなどシリコンバレーの重要人物に徹底的に取材し、伝説的ベンチャー、ペイパル誕生の驚くべきストーリーを明らかにした全米ベストセラー『創始者たち──イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』(ジミー・ソニ著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)を読むと、マスクのXへの偏執的なこだわりとその理由がわかる。
「ページを繰る手が止まらない」「あっという間に読んでしまった」と話題が広がる波乱万丈の『創始者たち』から、一部を特別に掲載する。
前にもまったく同じ騒動を起こしていた
(編集部注)時は2000年、イーロン・マスクの会社「X.com」と、ピーター・ティールの会社「コンフィニティ」とが合併して、のちに「ペイパル」となる伝説的ベンチャーが誕生した。
しかし、合併会社のCEOとなったマスクは、ツイッターにおいてと同様、「X」の名前に異様なこだわりを見せ、社内は大混乱となる。この様子はまさに最近どこかで見たことのある光景だ。
(マスクのX.comと、ティールのコンフィニティの間では)合併時から「社名」の火種がくすぶっていた。
ユーザーがブラウザに「www.PayPal.com」のURLを入力すると自動的に「www.X.com」のサイトに飛ばすことを決めたのは、新CEOのイーロン・マスクだったが、(ペイパルのブランドを育ててきた)多くのコンフィニティ出身者が不満に思っていた。
数字を見れば、どちらが優位かは明らかだった。2000年7月時点でペイパルの総決済件数は数百万件、これに対しX.comは数十万件だった。ユーザーはペイパルのブランドに群がり、イーベイでの出品やメールの末尾にペイパルのリンクを貼っていた。自動誘導の決定は、苦労して得たペイパルの信用を損なうリスクがあると、彼らは案じた。
マスクはペイパルを単体で呼ぶことをやめ、「X-ペイパル」に改称し、X.comの全サービスの前に「X」をつける──「X-ペイパル」「X-ファイナンス」など──と宣言した。
「ニッチな決済システムで満足するなら、ペイパルはいい名前だ。でも世界の金融システムの支配をめざすなら、Xの名前でなければだめだ。ペイパルは機能の一つに過ぎず、会社そのものではないんだから」とマスクは言った。彼にとって社名をペイパルにするのは、「アップルが社名をマックにするようなもの」だった。
なぜ「X」にこだわるのか?
(編集部注)マスクのこの「X」へのこだわりは、「X.com」の社名を考案した経緯を説いた同書からの抜粋記事「イーロン・マスクが考えた『一番カッコいいURL』の名前とは?」の中でも下記のとおり描写されている。
それにこのURLは、当時は世界に3つしかなかった希少な1文字ドメインのうちの1つなのだと、マスクは語っている(残る2つはq.comとz.com)。
マスクがこの名前をほしがったのには、実際的な理由もあった。
世界はまもなく携帯端末──はがき大のキーボード付きポケット型コンピュータ──であふれるだろう、とマスクは考えていた。そしてその世界では、X.comという短いURLは理想的だ。親指を数回タップして入力するだけで、あらゆる金融商品にアクセスできるのだから。
「Xなんて、アダルトサイトみたい」
(編集部注)しかし、合併会社の社員たちはまったく納得していなかった。
その夏、問題は山場を迎えた。グループインタビューを用いた市場調査で、「X.com」より「ペイパル」という名前のほうが好感度が高いことがはっきりしたのだ。調査を主導した社員のヴィヴィアン・ゴーは、「『X』みたいな名前のサイトは信用できないとか、アダルトサイトみたいと言われ続けた」と言う。
ゴーはユーザー調査に限界があることも理解していた。「昔は『アップル』でさえおかしな名前だと思われていたわけだから」。だが彼女はユーザーの懸念を直接耳にした。「口を揃えて『この名前は信用できない。得体の知れない感じがする』とほぼ同じ言葉で言われ続けたら、そうかなと思わざるを得ない」
お堅い会計事務所のKPMGからX.comに転職したリーナ・フィッシャーは、怪しげな社名のせいで、自分やほかの社員が「気味の悪いメールをたくさん」受け取ったと言う。「うちのプロダクトといえば、ペイパルでしょう? ペイパルこそ、会社の目的を説明するのにふさわしい名前だとずっと思っていた」
他方、エイミー・ロウ・クレメントがX.comに入社したのは、その壮大なビジョンに魅力を感じたからだ。「Xが核で、その名の下にすべてのプロダクトを束ねようとしていた」と彼女は言う。
だが会社の成長の突破口を開いたのは、メールを利用した単純な決済方法(ペイパル)だった。「ペイパルのほうが成長が速かった。その一因は、X.comのアカウントは銀行口座で、運営にかかるコストも時間も膨大だったからよ。結局、銀行口座の顧客に収益性の高いほかの金融商品をすばやく売り込む見込みがないことがわかって、X.comのプラットフォームを運営する意味がなくなっていった」
マスクは名称変更は必要だと譲らず、市場調査をないがしろにして反感を買った。「ペイパル」派は、マスクがユーザーの好みより、私見をもとに意思決定を下そうとしていると感じた。
(編集部注)マスクはすでに20年以上前から、いまとまったく同じ行動を取っていたのだ。
結果、彼は誰もの不興を買い、クーデターが勃発、自らがつくったX.comのCEOの座から追放されることとなる。マスクの去ったX.comは無事に「ペイパル」に改名、いまや世界中にその名を轟かせている。
一方、マスクはその十数年後、X.comのURLをペイパルから買い戻している。
その際、「いったいそのURLで何をするのか」という声に、当時はまだ、いちヘヴィユーザーに過ぎなかったツイッターでこう返している。
「X.comの買い戻しを許してくれてありがとう、ペイパル! いまのところ何の計画もないが、僕にとってはとても思い入れがあるものだ」(『創始者たち』より)
いまでは「X.com」とURLに打ち込むと、ツイッターのサイトに転送される。
X.comを追放されてからもSpaceXをつくるなど、一貫して「X」にこだわり続けてきたマスク。ツイッター買収も「宝のありかであるXに、ネット上のあらゆる富を集める」という20年来のビジョンに向かう一里塚だったようだ。はたして今回は、その遠大な野望の実現に近づくことができるのだろうか。
(本原稿は、ジミー・ソニ著『創始者たち──イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』からの抜粋です)