1999年、若きイーロン・マスクと天才ピーター・ティールが、とある建物で偶然隣り同士に入居し、1つの「奇跡的な会社」をつくったことを知っているだろうか? 最初はわずか数人から始まったその会社ペイパルで出会った者たちはやがて、スペースXやテスラのみならず、YouTube、リンクトインを創業するなど、シリコンバレーを席巻していく。なぜそんなことが可能になったのか。
その驚くべき物語が書かれた全米ベストセラー『創始者たち──イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』(ジミー・ソニ著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)がついに日本上陸。東浩紀氏が「自由とビジネスが両立した稀有な輝きが、ここにある」と評するなど注目の本書より、内容の一部を特別に公開する。

イーロン・マスクが考えた「一番カッコいいURL」の名前とは?Photo: Adobe Stock

「アマゾンの金融サービス版」をつくる

 一つの会社がすべての金融サービスをまとめて提供したらどうだろう、とイーロン・マスクは考えた。投資家への最初期の売り込みで、マスクはその会社の構想を「アマゾンの金融サービス版」と呼んだ。

 つまり、標準的な普通預金と当座預金だけでなく、住宅ローンから無担保ローン、株式取引、融資、保険までのすべてを提供する、金融のワンストップサービスだ。この新しい会社は、カネの集まるところならどこへでも向かうことになる。

 マスクの構想はきわめて論理的であると同時に、とてつもなく壮大だった。彼は一つの新しい会社のアイデアを語っていたのではない。半ダースもの会社を包含したアイデアを語っていたのだ。

 金融のインフラをアップデートすべきときはとうに来ているとマスクは考えた。「銀行と政府の古くさいメインフレームが古くさいコードを動かし、お粗末なセキュリティのもとでバッチ処理を行い、おまけにデータベースは寄せ集めときている。うんざりするようなおぞましい代物だった」

 つまり、90年代の銀行のインフラはひどかった、ということだ。マスクの目に、このインフラを動かす銀行は、たいした見返りも与えずに高い手数料をぼったくる仲介者に映った。

「銀行は、なぜかばかでかい建物を建てるのが好きだよね」とマスクは揶揄する。「『副社長』の前にやたらと形容詞をつけるし。上級副社長だの、取締役副社長だの、取締役上級副社長だの」

 マスクの批判は、証券取引所などの一見不可欠に思われる金融インフラにも向かう。

「僕はこう言っていた。『なぜ個人間取引ができるようにしないのか? 誰かに株式を売りたいなら、直接売ればすむ話じゃないか?』。仲介など必要ない。取引所など不要だ」。つまり、正しいプログラミングコードがあれば、ナスダック証券取引所さえ不要になるということだ。

 だがそのコードは誰かが書く必要があった──巨大銀行の高層ビルと長々しい肩書きの行員、そしてそれらのすべてを賄まかなう法外な手数料を不要にするデータベースを、誰かが構築し、運営し、所有する必要があった。その「誰か」になれるのは自分だと、マスクは確信していた。(中略)

Xは「財宝のありか」である

 マスクはまだプロダクトもないうちにその会社の名前を決めた。X.com(Xドットコム)だ。マスクはこれが「ネット上で最もクールなURL」だと信じて疑わなかった。

 そう思ったのはマスクだけではない。90年代初め、ピッツバーグ・パワーコンピュータという会社を創業したマーセル・デパオリスとデイヴ・ワインスティーンの二人のエンジニアが、会社用にwww.x.com のURLを取得した。彼らはその後会社を売却したが、X.com のURLは持ち続け、私的なメールアドレスに使っていた。

 URLを買いたいという申し出は何件もあったが、条件が折り合わずに断っていた。99年初めに新しい引き合いがあった。「2000年問題が取りざたされていたころ、イーロン・マスクから連絡があった」と彼らはメールで教えてくれた。マスクが提示した取引条件は妙味があった。彼らは現金とX.com のシリーズA資金調達ラウンドの150万株と引き換えに、X.comのURLをマスクに売った。

 この交渉はウォール・ストリート・ジャーナル紙の関心を引き、スタートアップの株式に関する記事で取り上げられた。

 マスクはこの取引によって会社用の覚えやすい個人アドレス、e@x.com を手に入れた。彼はX.com というURLのすばらしさに心酔していた。紛らわしいとか怪しそうといった批判は気にも留めなかった。

 マスクにとってX.com は斬新で、興味をそそり、すべての銀行・投資サービスが共存する場所という会社の精神をすっかり表現できるほど自由な名前だった。宝の地図の「X」が財宝のありかを示すように、X.com はネット上の富が集まる場所を示していた。

 それにこのURLは、当時は世界に3つしかなかった希少な1文字ドメインのうちの1つなのだと、マスクは語っている(残る2つはq.com とz.com)。

 マスクがこの名前をほしがったのには、実際的な理由もあった。

 世界はまもなく携帯端末──はがき大のキーボード付きポケット型コンピュータ──であふれるだろう、とマスクは考えていた。そしてその世界では、X.com という短いURLは理想的だ。親指を数回タップして入力するだけで、あらゆる金融商品にアクセスできるのだから。

(本原稿は、ジミー・ソニ著『創始者たち──イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』からの抜粋です)