「1日3食では、どうしても糖質オーバーになる」「やせるためには糖質制限が必要」…。しかし、本当にそうなのか? 自己流の糖質制限でかえって健康を害する人が増えている。若くて健康体の人であれば、糖質を気にしすぎる必要はない。むしろ健康のためには適度な脂肪が必要であるなど、健康の新常識を提案する『ケトン食の名医が教える 糖質制限はやらなくていい』(萩原圭祐著、ダイヤモンド社)。同書から一部抜粋・加筆してお届けする本連載では、病気にならない、老けない、寿命を延ばす食事や生活習慣などについて、「ケトン食療法」の名医がわかりやすく解説する。
悪性度の高い子宮体がんの患者さんの例
ケトン食で学んだことはそれだけではありません。がん治療のありかたそのものを、考えさせられる患者さんとの出会いもありました。
2015年、悪性度の高い淡明細胞がんによる子宮体がんで、ステージⅢAの60代の女性の治療にかかわりました。
悪性度が高いがんですから、手術も子宮や卵巣などあらゆるものを取り除いたうえで、さらに厳しい抗がん剤治療を行いました。
しかし抗がん剤治療は、かなり苦しく、吐き気でまともな食事ができなくなったり、食べられるようになっても全身の倦怠感が続いたりして、私の専門の一つである漢方治療を併用して、なんとか治療を完遂したのです。
愛妻家の夫は、温熱療法や、まだ一般的ではない免疫療法など様々な治療を、抗がん剤治療終了後にも、患者さんに受けさせていました。しかし運命は非情で、がんは再発したのです。すぐに腹水や胸水も溜まり、事態は深刻になりました。
そして、「妻のためになんでもしてあげたい」と相談を受けたので、まず食事ができるように漢方治療を行い、その後、がんケトン食療法を始めました。
この患者さんは、あまり食べられなかったので、すでに血中ケトン体は上昇していましたが、ケトン食を導入したところ、さらに、血中ケトン体は上昇しました。
また、腫瘍マーカーの数値は劇的に減少しました。そして、驚いたことに胸水が劇的に減少していることが確認できました。
腹水は残っていたので、このタイミングなら、抗がん剤治療をやれば、もっとよくなると判断し、そう提案しました。それに対して患者さんは、
「もう、あんなしんどい思いはしたくないです。今がいちばん体調もいいから、このまま漢方とケトン食の方法で続けられませんか?」
と言ったのです。
「でも、がんは進行してしまうかもしれませんよ」と私が言うと、
「それでも苦しまずに済むなら、そのほうがいいです」とのことでした。
それで追加の抗がん剤治療などはせず、ケトン食と漢方を使って、なんとかできるところまでやっていこうということになったのです。
しかしその結果、2015年末に、患者さんはお亡くなりになりました。
患者さんのご家庭からの感謝の電話
正直なところ、医師としては、せっかくのチャンスを逃したような気がしていたので、すごく残念に思っていました。
しかし、ご家族の受け取り方は全く違っていたのです。その後、患者さんのご家族から、
「短い間でしたが、妻とは亡くなるまでの間、一緒に食事をしたり、デパートへ出かけたり、家族にとって、本当にかけがえのない時間を過ごすことができました。先生ありがとうございました」
と、とても丁寧な電話をいただきました。
このお電話は、私の心に強く響きました。患者さんのご家族からの言葉を聞いていると、亡くなられた患者さんご本人からも感謝を伝えられたような気がしました。
おそらくある時期から、患者さんもご家族も残された時間が少ないことに気が付いて、覚悟をしていたのだと思います。
がんを完全に治すことができなくても、ケトン食で小康状態を保ち、最後に仲良く家族と過ごしたい。おそらく、それが患者さんの本当の願いだったのだなと気づくことができました。
私はそれまで「がんを完全に治さなければいけない」と考えていたのですが、それは医師としての思い上がりで、違う選択肢もありますよ、ということを教えられた気持ちでした。
治療で苦しみながら長く生きるよりも、できれば2~3年、患者さんに元気に楽しく過ごせるような時間を提供する。
ケトン食を使えば、そうした時間をプレゼントすることも可能になるのではないか。このとき患者さんに「先生ありがとう、がんばって」と強く背中を押してもらった気がしました。
この経験によって、私はがん治療に対する自分のスタンスを、はっきりと定めることができました。
(※本稿は『ケトン食の名医が教える 糖質制限はやらなくていい』の一部を抜粋・編集したものです)
大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座 特任教授(常勤)、医学博士
1994年広島大学医学部医学科卒業、2004年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了。1994年大阪大学医学部附属病院第三内科・関連病院で内科全般を研修。2000年大学院入学後より抗IL-6レセプター抗体の臨床開発および薬効の基礎解析を行う。2006年大阪大学大学院医学系研究科呼吸器・免疫アレルギー内科助教、2011年漢方医学寄附講座准教授を経て2017年から現職。2022年京都大学教育学部特任教授兼任。現在は、先進医学と伝統医学を基にした新たな融合医学による少子超高齢社会の問題解決を目指している。
2013年より日本の基幹病院で初となる「がんケトン食療法」の臨床研究を進め、その成果を2020年に報告し国内外で反響。その方法が「癌における食事療法の開発」としてアメリカ・シンガポール・日本で特許取得。関連特許取得1件、関連特許出願6件。
日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会、日本臨床栄養代謝学会(JSPEN)などの学会でがんケトン食療法の発表多数。日本内科学会総合内科専門医、内科指導医。日本リウマチ学会リウマチ指導医、日本東洋医学会漢方指導医。最新刊『ケトン食の名医が教える 糖質制限はやらなくていい』がダイヤモンド社より2023年3月1日に発売に。