「株は上がる!」→「やっぱり天井」投資家の予想はなぜコロコロ変わるのか?Photo:Getty Images / GSO Images

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第9回は、投資家の予想がコロコロ変わる理由にズバッと切り込む。

行動経済学は「浮世の常識」

 急騰したゲーキチ株の上昇がほぼ帳消しとなり、指示通りに売り抜けていれば手に入った数億円の「得べかりし利益」を後悔する主人公・財前孝史。それでも素早く見切りをつけ、8000万円の利益を得た。「塩漬け」を回避した財前の決断は投資部員たちを驚かせる。

 作中では行動経済学のプロスペクト理論で「塩漬け」の心理が描かれる。行動経済学の知見は、投資理論やマクロ経済学よりも投資家にとって有益だと私は考える。手軽な一般向けの入門書で良いので、投資デビュー前に読んでおくのをお勧めする。

 行動経済学は、ふたつの意味で興味深い学問だと私は思っている。

 ひとつは従来の「経済学の常識」を覆してくれること。古い経済理論は「入手可能な情報を合理的に判断できる主体」を前提に理論を組み立てる。そんな非現実的な前提を疑問視する行動経済学は、感情を持った人間の営みとして経済を描く。

 もうひとつの面白さは、ちょっとひねくれた見方だが、「浮世の常識」が新発見のように語られる、ある種の滑稽さにある。

 たとえば「人は損を極端に嫌がる」なんて、少しでも商売やギャンブルを経験した大人なら、誰でも知っている世知だ。その根っこは「損失」が生死を左右した生き物としての本能がある。多少、お金が増えたり減ったりするだけなら、命までは取られない。

 だが、我々の遠い祖先にとって、身体的ダメージは即座に生存確率を大きく引き下げる「損失」だっただろう。不穏な物音や気配がしたら「とにかく逃げる」が最善だった時代は、数十万年、数百万年単位で続いたはずだ。リスク回避は本能なのだ。

 古い経済学が生物の本質を切り捨てたのは、理論化のためには単純な前提が必要だったからだ。そこを補う行動経済学は「常識への回帰」と考えて良い。だから、多くの知見は、昔からある格言にどこか似ている。

「往復ビンタ」くらわないために

「株は上がる!」→「やっぱり天井」投資家の予想はなぜコロコロ変わるのか?『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 塩漬けを回避した財前の「英断」について、投資部主将・神代圭介は「真の投資家は投資について議論はしない」と語る。議論をすればこだわりが生まれ、それが自縄自縛のワナとなるという見立ては、多くの市場関係者を取材するなか感じてきた「変わり身の早さがマーケットで生き残る資質のひとつ」という私の感覚に近い。

 たとえば1週間前に「日経平均は長期上昇トレンド」と話していた投資家が、ケロッとした顔で「相場は天井が近い」と言い出す。「ちょっと前は強気だったじゃないですか」と聞けば、「マーケットは時々刻々と変わる。見方だって変わる」とシレッと答える。それぐらいの柔軟性と図太さで過去を振り切らないと、流れに置いて行かれてしまうのを知っているのだろう。経験上、株式市場の方が債券市場よりも良い意味で「節操がない人」が多い印象がある。

 とはいえ、コロコロと相場観を変えれば「往復ビンタ」を食らうリスクは高まる。上昇相場で買い遅れ、下落局面で売り逃し、行きも帰りも利益を逃すパターンだ。一貫性と変わり身の早さのバランスは、短期のトレーディングの永遠の課題だろう。優れた嗅覚を備えたプロをたくさん見てきて、自分にはとても真似できないと分かっているので、私自身は「淡々と積立投資して放置」という相場観不要のスタイルを基本としている。

 ピンチを「平均点ギリギリ」で切り抜けた財前は、先輩の指示で見たくもない映画を見る羽目になる。先輩たちには何やら妙なたくらみがあるようだ。無理やり見せられた「つまらない映画」から、どんな投資のヒントが得られるのか。

漫画インベスターZ_2巻P29『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ_2巻P30『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ_2巻P31『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク