【心理テスト】「何この映画…ぜんぜん面白くない!」そんな時どうする?『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第10回は、投資で陥りがちな「もったいないのワナ」の危険性とその対策を説く。

もったいないのワナ

 投資部の先輩たちの指示でつまらない映画を見た主人公・財前孝史は、わずか21分で席を立って映画館を出る。外で待ち構えていた主将・神代圭介たちは、それが投資部恒例のテストだと種明かしする。払ってしまった映画代より時間が惜しいと思えるかが、損切りの才能の目安になるという。

 引き続き行動経済学の視点が投資の知恵として紹介されている。今回はサンクコスト(埋没費用)効果がテーマ。よく知られた知見なので詳細は省くが、私は「もったいないのワナ」と呼んでいる。翻訳が難しい言葉として知られる「もったいない」は、ニュアンスを含めてサンクコスト効果の概念にピッタリくる。言い換えてしまうと当たり前に聞こえるあたりは、まさに前回指摘した行動経済学のある種の滑稽さだろう。

 今回のハイライトは主将の神代が吐く「過去は忘れる!」「これが投資家であるための絶対条件だ」というセリフだ。

 名門投資銀行モルガン・スタンレーの花形ストラテジストとして名をはせ、晩年は自らヘッジファンドを率いたバートン・ビッグス氏は好著『ヘッジホッグ アブない金融錬金術師たち』の中で、「ある朝起きたらすべての資産がキャッシュだったとしたら」と定期的に考えてみると記している。過去の流れから頭を解き放ち、全資産が現金だったとしても現在の保有株を買うだろうか、と自問するのだという。

 長年の取材先である国内機関投資家の某ファンドマネジャー氏の言葉を借りれば、「保有株の含み益や含み損は幻でしかない」となる。自分の買い値は、現在の株価や企業価値とは無関係で、「誰がいくら儲けているか、損しているかなんてマーケットの知ったことではない」という発想だ。

 現実には、すべて現金化してリセットするには売買コストがかかるし、含み損益を実現すれば税負担に影響する。先のファンドマネジャー氏にしても、顧客や社内の評価は含み損益込みの運用成績で決まるわけで、事はそう単純ではない。

 それでも、過去を忘れ、「今」にフォーカスするメリットは大きい。思考をリフレッシュできて、含み益で妙に気持ちよくなったり、含み損でグズグズ悩んだりする心理的なデメリットも小さくできる。

家計簿ならぬ家計BS

 私自身は短期のトレーディングはやらないので「リセット」の必要性は小さいのだが、自作のざっくりした家計のバランスシート(貸借対照表)の更新作業に似た効果がある。我が家では、お金の管理は私の役割だ。

 バランスシート作成時には、金融商品や保有するマンションの評価は、取得価格ではなく、「時価」を使う。マンションは周辺の坪単価の変動を目安に住宅ローン残高を差し引いたネットベースの純資産価値を大まかに計算する。3人の娘の将来の学費の粗っぽい見込み額も保守的に負債に織り込む。読み切れないので、老後の医療や介護の潜在コストまでは反映していない。

 バランスシートはある時点の断面図であり、過去の資産価値の変動にあまり意味はない。自分の「財布」の全体像を眺めて、不動産を含むリスク資産のウエートが適正か、一歩引いて見直す機会にできる。

 ずいぶん緻密なお金の管理をしているように思われるかもしれないが、実態は極めて杜撰なことは付言しておこう。月々の家計簿はつけておらず、たまに更新するバランスシートが数年前と比べて悪くないなら「それで良し」としている。家計簿をつけて無駄を省けば満点なのだろうが、そこまでマメにはなれない。無駄遣いや衝動買いはしない質なので、まあいいか、と割り切っている。

漫画インベスターZ_2巻P51『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ_2巻P52『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ_2巻P53『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク