いま、イェール大学の学生たちがこぞって詰めかけ、夢中で学んでいる一つの講義がある。その名も「シンキング(Thinking)」。AIとは異なる「人間の思考」ならではの特性を存分に学べる「思考教室」だ。このたびその内容をもとにまとめた書籍、『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』が刊行された。世界トップクラスの知的エリートたちが、理性の「穴」を埋めるために殺到するその内容とは? 同書から特別に一部を公開する。

まわり全員から「仕事遅っ!」と思われる人の1つの特徴Photo: Adobe Stock

「簡単にできる」と思ってしまう

 何かを完了させるのに必要となる時間と労力は、少なく見積もられることが多い。

 締め切りに遅れる、予算を超過する、やり遂げる前にエネルギーが尽きる、といったことが頻繁に起こるのはそのためだ。

 そうした「計画錯誤」(注:計画を立てる際、時間を短く見積もってしまう思考バイアス)が生じた悪名高き例として有名なのが、オーストラリアのシドニーオペラハウスの建設だ。当初は700万ドルの予算が組まれていたが、最終的には規模が小さくなったうえに費用は1億200万ドルかかり、完成までにかかった時間は当初の見積もりより10年延びた。

 アメリカのデンバー国際空港の建設では、当初の見積もりより費用が20億ドル以上膨らみ、完成まで16か月長くかかった。

 また、ニューイングランド地方に暮らす者としては、高速道路の地下化を目指したボストンのビッグ・ディグ事業に触れないわけにはいかない。こちらは当初の予算を190億ドル超過し、完成が10年遅れた。(中略)

「希望的観測」が強いから遅れる

 計画錯誤が生じる原因はいくつかある。そのうちのひとつが「希望的観測」だ。人は自分が携わるプロジェクトに関しては、遅れずに、なるべくなら早めに完了し、あまりお金がかかりませんようにと願う。こうした願望が、計画の立案や予算の編成に反映されてしまうのだ。(中略)

 プロジェクトの進行計画を立てようとすると、「どう進めるべきか」という点に気を取られ、成功させるうえで必要になることにしか意識が向かなくなる。プロジェクトがたどるべき過程を頭に思い描き、想像ですべてが順調に進めば、過信が生まれてしまう。

「この日までにできます」と言ってできなかった人たち

 計画錯誤について調べた研究に、まさにそうして過信が生まれることを明らかにし、過信を避けたい人が「やってはいけないこと」を教えてくれるものがある。

 その研究に協力した参加者は、「クリスマスプレゼントの買い物が完了するまでにどれくらい時間がかかるか」を見積もるよう指示された。すると、平均して12月20日までに完了するとの答えになった。しかし、これは計画錯誤による幻想にすぎなかった。実際に買い物が完了した日を平均すると、22日か23日までかかった。

 計画錯誤に陥らないようにするには、具体的に綿密な計画を立てればいいのではないか。

 そこで次のグループには、クリスマスプレゼントを買うにあたっての計画を具体的に考えてもらった。たとえば、プレゼントを渡す家族の名前をリストアップし、それぞれのプレゼント候補になりそうなものを書き出す。あるいは、何日にどのショッピングモールに行き、リストアップした家族の誰宛てのプレゼントとしてどういうものを探すかを計画する、という具合だ。

 こうして立てられた計画は、どれも難なく実行できそうなものだった。

 ということは、買い物にかかる時間を見積もる精度は向上したのか?

 結果は、最初に紹介した参加者グループに比べて、こちらのグループの計画錯誤はさらにひどかった。クリスマスの7日半前、つまりは最初のグループより3日早く買い物を終えていると予測したにもかかわらず、彼らもやはり、平均して22日か23日までかかったのだ。

 順を追って計画を立てたことで、なぜ計画錯誤が悪化したのか? それは、計画を立てたことによって、難なくスムーズに買い物ができるとの錯覚が生じたからだ。

 映画『プリティ・ウーマン』のジュリア・ロバーツのように、半日もかけずにサイズもデザインも完璧なドレスを大量に購入したり、巨大なショッピングバッグふたつ分の買い物を終えても、メイクはまったく崩れないまま軽々とバッグを肩にかけて通りを歩いたりできると錯覚してしまったのだ。

ひとつのタスクをさらに細かく分解する

 だからといって、「順を追って計画を立てるな」と言いたいわけではない。

 ひとつのタスクを取り組みやすいまとまりに分解し、よく考えたうえでまとまりごとに締め切りを設けることは、計画策定に欠かせない作業だ。クリスマスプレゼントの買い物以上に複雑なタスクとなれば、その重要性はさらに増す。

 先ほどとは別の研究によると、ひとつのタスクを、さらに複数の小タスクに分解すると、計画錯誤が軽減されるという。タスクの詳細を紐解くと、想像していたほど簡単ではないと思い知らされるのだろう。

 ただし、それでも流暢にできるという錯覚が生まれる可能性はある。この錯覚が生じれば、自分の思いどおりになるという感覚が強まり、計画錯誤を助長するおそれがあるという点は注意してもらいたい。

(本稿は書籍『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』から一部を抜粋して掲載しています)