いま、イェール大学の学生たちがこぞって詰めかけ、夢中で学んでいる一つの講義がある。その名も「シンキング(Thinking)」。AIとは異なる「人間の思考」ならではの特性を存分に学べる「思考教室」だ。このたびその内容をもとにまとめた書籍、『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』が刊行された。世界トップクラスの知的エリートたちが、理性の「穴」を埋めるために殺到するその内容とは? 同書から特別に一部を公開する。

「頭の悪い人」と「頭のいい人」、話し方の決定的な違いとは?Photo: Adobe Stock

同じ額でも「損」のほうがインパクトが大きい

 こんなゲームを思い浮かべてほしい。私がコインを投げて、表が出たらあなたに100ドル渡すが、裏が出たら、あなたが私に100ドル支払わないといけない。

 さて、あなたはこのゲームに参加したいと思うだろうか? この場合、たいていの人は参加したがらない。

 それでは、ゲームの内容をもう少し魅力的にしよう。コインの裏が出たら100ドル支払わないといけないのは同じだが、表が出たら、私はあなたに130ドルを渡す。

 魅力をわかりやすくするには、このゲームにおけるいわゆる期待値を計算すればいい。ゲームで100ドル失う確率は50パーセントで、130ドル得る確率も50パーセントなので、期待値は「0.5×マイナス100ドル+0.5×130ドル」の計算式で求めることができ、15ドルとなる。

 つまり、このゲームを繰り返し行えば、勝つときも負けるときもあるが、最終的には平均15ドル手に入るということだ。期待値がゼロより大きいのだから、数学者や統計学者、経済学者のように合理的に考える人なら、このゲームへの参加を選ぶはずだ(お金を儲けたいと思っていることが前提となるが)。

 ところが、このルールになっても、ゲームに参加すると答える人はほとんどいない。私も間違いなく参加しない。130ドルもらったらきれいに使い切る自信はあるが、コインのせいで100ドル払わされれば、それは本当に悲劇で、駐車違反の切符を切られる以上につらい。よって、私もほとんどの人と同じで、たとえ15ドル手に入ると言われても、その機会を見過ごすことを選ぶ

 ほとんどの人は、勝敗の比率が2.5:1(表が出たら250ドルもらえ、裏が出たら100ドル失う)以上にならない限り、ゲームに参加しようとしない。

 このように、損失を回避しようと働く心理のことを「損失回避」と呼ぶ。損失は、獲得よりはるかに大きな存在感を放つ。そして、人はネガティブな影響を、ポジティブな影響とは比べ物にならないほど重く受け止めてしまう(中略)

頭のいい人と悪い人は「話す順番」が違う

 たとえば、古くなった車を手放して新車に乗り換える、とついに決断したとしよう。1か月かけて次に乗る車について調べ、乗りたい車種を選び、カーディーラーを訪れる。

 パートナーとは事前に相談し、車の色はセレスティアルシルバーメタリックで、シートはアッシュカラーのレザーにすると決めている。準備は万端のはずだ。

 ところが、販売員からオプションのことで矢継ぎ早に質問が飛んでくる。自動防眩ミラーにするのか、ブラインドスポットモニターはどうするか、ステアリングアシスト機能は必要か……と、ありとあらゆるオプションを確認してくるのだ。

 販売員曰く、車両の本体価格は2万5000ドルだが、オプションXは1500ドル、オプションYは500ドルというように、さまざまな機能を追加できるという。そうして機能を紹介するたびに、これがあれば快適さや安全性がどう増すか、つまりは何を得られるかの説明が始まる。

 別のディーラーのやり手の販売員は、正反対のアプローチを取る。

 彼女はまず、すべてのオプションをつけた3万ドルのモデルを提示する。そのうえで、安全性を高めるオプションXをあきらめるなら、価格は2万8500ドルになり、縦列駐車をサポートするオプションYも取れば、2万8000ドルになると説明する。この販売員は、失う機能を顧客自身に選ばせるように仕向けるのだ。これが、顧客の損失回避のスイッチを押すことになる。

いくらの差になるのか?

 こうしたアプローチの違いは、人の心理に影響を及ぼすのだろうか?

 1990年代に、いま例にあげたような2種類の状況でどうするかを尋ねる実験が行われた。ひとつのグループには、車両本体価格1万2000ドルのモデルを提示し(当時の価格はずいぶんと低かった)、好きなオプション機能を追加するよう指示したところ、顧客が支払った価格の平均は1万3651.4‌3ドルとなった。

 そしてもうひとつのグループには、オプション機能をすべて装備した1万5000ドルのモデルを提示し、外したい機能を選ぶよう指示したところ、平均価格は1万4470.6‌3ドルとなり、獲得を強調されたグループより800ドル以上高くなった。

 この金額を現在の車両価格に当てはめるとどうなるか。仮に車両本体価格を2万5000ドルとすると、喪失を強調するだけで、顧客は1700ドル多く使うようになったのだ。

(本稿は書籍『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』から一部を抜粋して掲載しています)