いま、イェール大学の学生たちがこぞって詰めかけ、夢中で学んでいる一つの講義がある。その名も「シンキング(Thinking)」。AIとは異なる「人間の思考」ならではの特性を存分に学べる「思考教室」だ。このたびその内容をもとにまとめた書籍、『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』が刊行された。世界トップクラスの知的エリートたちが、理性の「穴」を埋めるために殺到するその内容とは? 同書から特別に一部を公開する。

「不満な人生を送る人」と「楽しい人生を送る人」、たった1つの考え方の差Photo: Adobe Stock

完璧をめざすより、ある程度のところでよしとする

 ハーバート・サイモンは、1978年に認知科学者で初めてノーベル賞(経済学賞)を授与された人物だ。

 彼の理論を理解するうえで、まずは世界には無限の可能性があるという事実を意識してもらいたい。たとえばチェスの試合でプレーヤーが取れる手の数は、駒の数や細かく定められたルールという制約があるにもかかわらず、10の123乗あるといわれている。この数は、観測可能な原子の数より多い。

 まったく、私たちの前には未来の可能性がいったいいくつ広がっているというのだ。その数の多さを思えば、意思決定をする際は、ある程度満足したところで、それ以上の探求をやめる必要がある。

 サイモンはその行為を「サティスファイス」と呼んだ。

 この言葉は、「満足する(サティスファイ)」と「十分である(サファイス)」を組み合わせた彼の造語である。

「満足したところでやめる人」は幸福度が高い

 その後、さまざまな科学者の手でさらなる研究が行われ、人生を通じて行わなければならない類いの探求をどれだけ最大限にし、どれだけサティスファイスする(満足したところでやめる)かは、個々人によって大きなばらつきがあると判明した。

 最大限に探求したいマキシマイザーは、つねによりよい仕事に目を光らせている。現状の仕事に満足していても、違う人生を生きることを夢見たり、シンプル極まりない手紙やメールでも、何度も下書きしたりする。

 一方、満足した時点で探求をやめるサティスファイサーは、友人のプレゼントを買いに行ってもあまり悩むことはなく、次善の選択肢を簡単に受け入れる。また、互いに本気であるとの確信が持てない限り、お試しで恋人関係になったりもしない。

 興味深いことに、サティスファイサーはマキシマイザーより幸福度が高い

 それはそうだろう。彼らは完璧なソウルメイトを探し求めることに執着せず、十分だと思える相手に落ち着いて、その人との関係を楽しめるのだから。ひとつの森で十分においしいと思えるベリーを見つけて満足する人間も同じで、それと同等かそれ以上においしいベリーがほかの森にないかをいつまでも確かめようとする人より幸福なはずだ。

(本稿は書籍『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』から一部を抜粋して掲載しています)