大人は性教育を恥ずかしいと思っている?

 この騒動から、我々成人した大人が学ぶべきことは何か。

 それは、「性」に関する話を下ネタにしたり、ちゃかしたりするノリは、それ自体が古くさくなっているということだろう。

 もちろん笑いは時と場所を選ぶので、仲間内で軽い下ネタがウケることはあるだろうし、そのようなノリを全否定するわけではない。

 しかし、真面目な性教育の授業を受けている高校生を、大人たちが寄ってたかって笑うというのは、SNS上であるからといって冗談ですむことではない。また、そのようなちゃかしやツッコミは面白くないし、現に多くの人からひんしゅくを買っている。

 とはいえ一方で感じたのは、ある年代から上の大人たちは、「性」を話すのを過剰に恥ずかしがってタブー化したり、逆にひわいなネタにして笑うことで恥ずかしさを紛らわせることしかできない、という事実である。タブー化にしても下ネタ化にしても、その背景にあるのは性について語る際の緊張やプレッシャーなのではないか。

 これは、日本で長らく性教育がまともに行われてこなかったことの弊害なのだろう。日本では1990年代に性教育がやや盛んになった時期があるものの、その後の2000年代にはジェンダーバックラッシュ(性差別を無くそうとする動きや、性に関する教育を発展させようとする動きに対する反対運動)があり、下火になった。

 また、90年代にしてもそれ以前にしても、「性教育」に関しては担当の教員がどの程度意欲や知識があるかによるところが大きかったのではないだろうか。筆者の実体験や、知人・友人に「性教育を受けた記憶がある?」と聞いてみた結果からもそう感じる。

 さらに、年代が上の男性の中には「性教育は恥ずかしいだけでつまらないもの」と感じている人が多いように思う。