人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。
いかに素早く手足を切り落とすか
手足を切り落とす切断術においても、手術のスピードは重視された。
「いかに手足を素早く切断できるか」で、外科医の腕は問われたのだ。中でも早業で有名だったのが、十八世紀末から十九世紀初頭に活躍したフランスの軍医、ドミニク・ジャン・ラレーである。
彼は戦場で二十四時間に二〇〇件という、恐るべき数の切断術を行い、ナポレオンの絶大なる信頼を得ていた。むろんラレーが外科医として歴史に名を残す理由は、スピードだけではなかった。
ラレーは世界で初めて、受傷者の階級や国籍ではなく「傷病の重症度」のみによって患者を選別し、治療に優先順位を設ける方法を提唱した外科医として有名だ。
「トリアージ」の提唱
この手法は「トリアージ」と呼ばれ、今なお災害医療において重要な考え方である。
「トリアージ」とは「選別」を意味し、日本では阪神・淡路大震災以後、広く知られるようになった言葉である。
災害医療の現場では、助かる見込みがあり、かつ重傷である患者をいかに素早く搬送できるかが問われる。そのためには、逆に「助かる見込みのない患者」や、「緊急で治療を必要としない軽傷者」を優先しないことが大切になるのだ。
医療ドラマでも登場
現在は、患者の重症度を色で識別するためのトリアージタグがよく用いられる。赤いタグの患者は最優先で搬送、黄のタグは赤の次、緑は軽症で搬送の必要なし、黒は救命不可能なため搬送しない、といった具合にタグをつけ、選別していくのだ。
フジテレビ系『コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』や、TBS系『TOKYO MER~走る緊急救命室~』など、災害現場での治療シーンが多い救急医療ドラマではトリアージタグが度々登場するため、見覚えのある人も多いだろう。
多数の傷病者が同時多発する現場では、限られたリソースを用いていかに多くの人を救えるかが重要になる。
ラレーは二百年以上前の戦場でこのしくみを生み出し、敵軍の兵士を含む、あらゆる傷病者を救ったのである。
世界初の救急車
ラレーが戦場で頭を悩ませたのが、医療チームが常に後方で待機せざるをえなかったことだ。戦場の混乱の中、前線で負傷した兵士たちが後方へ運ばれてくるまで、医療チームはただ待つことしかできなかった。
治療の開始は大幅に遅れ、これが時として致命的になった。この問題を何とか解決したいと考えたラレーは、戦場に画期的なアイデアを導入した。
専用の輸送車を使い、前線から後方へ次々に兵士を搬送する手法である。これによって治療までの時間が短縮し、生存率が上がることを彼は期待したのだ。
ラレーは、負傷者が快適に移動できるよう、強力なパッドとサスペンションを装備した患者搬送用の馬車を戦場に導入し、獅子奮迅の動きを見せた。これこそが、世界初の本格的な救急車であった。
「空飛ぶ救急車」と呼ばれたこの馬車は、これ以降、フランスの戦場で広く利用されるようになった。
いかに救える患者を運び、いかに素早く治療を始めるか。その難題を前に、ラレーは戦場で外科医として懸命に戦った。
彼が理想とした「戦術」は、現在に続く救急医療の土台となった。
ラレーが今なお「救急医療の父」としてその名を歴史に残すのは、それが理由だ。
毎年七月八日は、国際救急隊員デー(International Paramedics Day)として世界中の救急隊員を讃える日である。この日はラレーの誕生日である。
(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』からの抜粋です)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に17万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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