人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。
目をつむる実験
ここで一つの実験をしてみよう。
手元にある本を閉じ、背表紙を顔の正面に持ってきて鼻筋に沿うように当て、左右の目を交互につむってみてほしい。
右の目と左の目で見える世界が、あまりにも異なることに気づくだろう。私たちの右目と左目は、いつもこれほどに違う景色を見ているのだ。
不思議なことに、私たちは普段この「違い」に気づかず生活している。
左右の目から入ってくる情報が脳で統合され、脳によって形作られた映像を、私たちは「目で見た」と感じているからだ。
私たちが世界を認識するとき、異なる角度から映した二つの像を必要とするのはなぜだろうか?
この理由もまた、実験によって実感できる。
片目をつむり、両肘を軽く曲げて左右の人差し指を伸ばし、二本の指の先端を正確に接着させてみよう。
前後の距離感がひどくつかみにくいことに気づくはずだ。
つまり、両目の映像を利用することで初めて立体視が可能になり、奥行きを認識できるのだ。片目だけでは、脳に入力すべき情報が不足するのである。
脳で世界を見る
私たちは目を使って世界を「見ている」つもりだが、目はあくまで、情報の受容器であり、入り口にすぎない。脳で世界を「見ている」のだ。
近年、内視鏡を用いる手術が普及している。例えば大腸がんの手術は、全国的には八〇パーセント以上が内視鏡を用いて行われる(1)。
お腹の中の空間(腹腔)で用いる手術用の内視鏡を特に「腹腔鏡」と呼ぶ。大腸の中でも特に直腸は、骨盤という狭い空間の奥底に存在する部分だ。
従来のようにお腹を切り開いて行う開腹手術では、外科医が暗い空間を懸命に覗き込んで手術を行う必要があった。
腹腔鏡は、こうした狭い空間にも入り込み、クリアな視野を外科医に提供する。外科医はその映像をモニターで見ながら手術を行える。これが腹腔鏡手術の大きな利点だ。
一方、腹腔鏡手術には「奥行きが認識しづらい」という欠点がある。外科医はモニターに映った2Dの映像を見ながら手術をするからだ。
まさに、片目の映像を見ながら手術をするに等しい。
ロボット手術の現在
しかし近年、3D内視鏡が普及しつつある。裸眼で見ると二重に見えるモニターの映像は、専用のゴーグルを装着することでクリアな3D映像に変化する。
最近の手術室では、大きなサングラスのようなメガネをかけた外科医たちがモニターを見ながら手術するという、一見すると異様な光景をしばしば目の当たりにできる。
現在全国的に普及しつつある手術支援ロボットを用いた手術でも、術者は3D映像を見ることが可能だ。ロボット手術では、術者は「操縦席」に座り、患者から少し離れた位置でラジコンのごとくロボットアームを遠隔操作する。
例えば、現在もっとも普及している手術支援ロボット「da Vinci」では、術者は双眼鏡を覗き込むようにして映像を見る。左右の目に映る映像は脳で統合され、術者は3D映像として認識できる。
まさに、私たちの目が現実世界から情報を受け取るときの、そのやり方を踏襲しているのだ。
【参考文献】
(1) 『内視鏡外科手術に関するアンケート調査 第16回集計結果報告』(日本内視鏡外科学会学術委員会著、二〇二二)
(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』からの抜粋です)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に17万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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