空が青い理由、彩雲と出会う方法、豪雨はなぜ起こるのか、龍の巣の正体、天使の梯子を愛でる、天気予報の裏を読む…。空は美しい。そして、ただ美しいだけではなく、私たちが気象を理解するためのヒントに満ちている。SNSフォロワー数40万人を超える人気雲研究者の荒木健太郎氏(@arakencloud)が「雲愛」に貫かれた視点から、空、雲、天気についてのはなしや、気象学という学問の面白さを紹介する『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』が発刊された。鎌田浩毅氏(京都大学名誉教授)「美しい空や雲の話から気象学の最先端までを面白く読ませる。数学ができない文系の人こそ読むべき凄い本である」、斉田季実治氏(気象予報士、「NHKニュースウオッチ9」で気象情報を担当)「空は「いつ」「どこ」にいても楽しむことができる最高のエンターテインメントだと教えてくれる本。あすの空が待ち遠しくなります」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【身の回りの驚きの科学】焼肉店で頼んだスープから激しく湯気が出ているのは「熱いから」だけではなかった・・それでは真相は?Photo: Adobe Stock

味噌汁のドラマ

 食卓を彩る味噌汁は、雲の仕組みを食事の際にも体験できるすばらしい教材です。

 まずは、お椀に注がれた味噌汁の湯気に注目してください。熱い汁の表面に接した空気は温められると同時に、汁の表面からは水蒸気がどんどん供給されます。

 こうして味噌汁の表面付近にできた暖かく湿った空気は、周囲の空気に比べて密度が小さく軽いため上昇します。

 空気は上昇するにつれて冷えていきますが、冷えたことによって空気に含むことのできる水蒸気の量が減るため、飽和して凝結し(気体の水である水蒸気が液体の水になって)、水滴ができます。これが「湯気」です。

 飽和とは、空気が水蒸気を限界まで含んでいる状態のことです。湯気はさらに上昇すると、周囲の乾燥した空気と混ざりあい、蒸発します。実は雲でも同じ物理現象が起こっています。

 雲とは「空に浮かんでいる水や氷の粒の集合体」です。湯気も同じ性質を持っており、水蒸気が凝結して水滴(雲粒)が生まれるためには、核(雲凝結核)になるものも必要です。

【身の回りの驚きの科学】焼肉店で頼んだスープから激しく湯気が出ているのは「熱いから」だけではなかった・・それでは真相は?雲と味噌汁は似ている(イラスト:森優)

焼肉店のスープの湯気

 試しに湯気の立っている味噌汁の上に、火のついた線香を近づけてみましょう。すると、一気に湯気がもわもわと湧き立ちます。これが「雲核形成」の瞬間です。

 上昇した水蒸気が線香の煙という核を得たことで凝結して雲粒になる――これが雲のできるプロセスです。

 焼肉店で頼んだスープから激しく湯気が出ていることがありますが、これも同じ現象です。湯気の量を見て「熱いかも……」と覚悟してスープに口をつけたら思ったほど熱くなかった、という経験をした方もいるかもしれません。

 多くのお客さんが肉を焼いている店内には煙が充満しています。そのため、雲の核になる大気中の微粒子、「エアロゾル」に満ちているのです。

 そうした環境では雲粒が多く形成されやすく、通常より多くの湯気が出るのです。そのほかにも、タバコの煙をホットコーヒーの入ったカップの上に近づけても、湯気が大量発生します。

味噌汁の「熱対流」

 味噌汁では、雲の仕組みに関係するもう一つの「空のドラマ」も感じることができます。熱い味噌汁をお椀に注ぎ、じっと観察してください。

 味噌汁の流れには、下から上に盛り上がる流れと、上から下に向かう流れがあることに気がつくと思います。

 これは、味噌汁の中で上昇流と下降流が発生して、熱がぐるぐる回る「熱対流」が起きている様子です。下と上の温度差が一定の値を超えると、熱対流が発生するのです。

 夏によく見られる「積雲(綿雲とも呼ばれる雲)」も同じ状況で生まれています。

 積雲は「太陽が照って地面が温まることで、地表付近の空気が温められて上昇し、その先でできる雲」です。

 だから、同じような場所にできては消えてを繰り返します。味噌汁のお椀の中と同じです。味噌汁が冷めると上下の温度差が小さくなり、熱対流も次第に弱まります。大気中の熱対流も同様です。

 同じような場所で「積雲ができては消える」を繰り返していたところに、さらに上空に厚い雲などがかかって日差しが弱まると、地表の温度が下がるため、熱対流は途端に弱まって積雲ができなくなります。「冷めた味噌汁」状態になるのです。

 晴れた空の積雲は、熱対流が起きている証拠です。味噌汁は「空の模型」といえるほど、気象の物理現象が豊富に詰まっています。

 お椀に注いだ直後は、上昇する湯気で雲核形成を楽しめますし、お椀の中では熱対流が観察できます。

 そして最後に大切なことがあります。味噌汁は、冷めはじめて対流が弱まる様子を確認しつつも、冷めきる前においしくいただきましょう。

(本原稿は、荒木健太郎著読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなしから抜粋・編集したものです)

荒木健太郎(あらき・けんたろう)

雲研究者・気象庁気象研究所主任研究官・博士(学術)。
1984年生まれ、茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事したあと、現職に至る。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、気象災害をもたらす雲の仕組みの研究に取組んでいる。映画『天気の子』(新海誠監督)気象監修。『情熱大陸』『ドラえもん』など出演多数。著書に『すごすぎる天気の図鑑』『もっとすごすぎる天気の図鑑』『雲の超図鑑』(以上、KADOKAWA)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)、新刊に『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』(ダイヤモンド社)などがある。
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