【マンガ解説】「日本株が下げたら、とにかく買いだ!」18年前、投資のプロが超強気だったワケ『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第33回は、投資における「綺麗ごと」の意味を考える。

「そんな綺麗ごとで…」と驚き

 ベンチャー投資とのバランスを考慮し、主人公・財前孝史は情報が豊富な主要業種で得意分野を探ると宣言する。一方、創業家の令嬢である藤田美雪たち3人組は、女性が活躍する企業をピックアップする自分たちなりの投資の視点を手に入れる。

 日本の株式市場がいわゆる「郵政相場」に沸いた2005年。スイスのジュネーブに飛んで、複数のプライベートバンクの日本株運用担当者に取材をする機会があった。

 数百年の歴史を持つ某名門銀行のベテランバンカーは「日本株が下げたら、とにかく買いだ」と超強気。彼がキーワードに挙げたのが「ウーマノミクス」、ウーマンとエコノミクスを組み合わせた造語だった。

 女性の社会進出や政府・企業内の登用が進めば日本は変わる、その恩恵を直接受ける銘柄や、閉塞感打破で成長が描ける消費関連の内需型企業が長期的に有望な投資先になる――。そう力説する姿を見て、私は正直、「そんな『綺麗ごと』で投資先を決めるのか」と驚いた。

 取材した当時は金融危機前の「強欲資本主義」全盛期だった。半信半疑ながら、社会の良き変化と投資を重ねる姿がまぶしかった。

 残念ながら、その後、ジェンダーギャップ指数の出遅れなどが示す通り、ベテランバンカー氏が想い描いたようなペースでは日本の女性の社会進出は進まなかった。

投資家は聖人君子ではない

漫画インベスターZ 4巻P161『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 私が「綺麗ごと」と首をひねった評価軸は、今や投資の世界の新しいスタンダードとなっている。環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字をつないだESG投資の残高は2020年末時点で約35兆ドル(約5300兆円、GSIA調べ)に達する。

 再生可能エネルギーへの勇み足気味の傾斜はウクライナ危機以降の地政学リスクの高まりでややブレーキがかかっているが、そうした修正を重ねつつ、わずか10数年で「綺麗ごと」抜きでは投資を語れないほどの変化がプロの世界では起きた。

 気候変動などに対する危機感が背景のひとつではあるが、別に世界の投資家や金融関係者が急に聖人君子になったわけではない。「綺麗ごと」に気を配らないとお金が流れてこないようになったから、金融ビジネスや資産運用の在り方が変わったのだ。

 世界の公的年金など巨額マネーの出し手が足並みをそろえてESGの順守を求めるようになり、投資対象である企業まで巻き込む形でマーケット全体の在り様が変わった。

グリーンウォッシュ横行の背景

漫画インベスターZ 4巻P162『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 個々の参加者の欲得ずくの行動が全体では最適な資源配分をもたらす市場の精妙な働きは「見えざる手」と呼ばれる。ESGの定着はこの「見えざる手」のバージョンアップだと考えれば良い。

 繰り返すが、その変化を促しているのは、倫理観や使命感ではない。「そうじゃないと商売にならない」からマネーは動いている。市場の根幹である欲望のメカニズムに組み込まれたからこそ、ESGは不可逆な変化になった。

 最近では「ESGウォッシング」と呼ばれる偽装が問題視されている。環境問題への取り組みを過大にアピールする「グリーンウォッシング」から派生した言葉だ。偽装が登場することこそ、ESGの波の力強さを物語っている。

漫画インベスターZ 4巻P163『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク