社長の器じゃない…元日経記者が呆れた「他人事」すぎるトップの放言とは?『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第24回は、企業を“成長させる社長”と“ダメにする社長”の特徴を分析する。

駆け出し記者が叩き込まれた「鉄則」

 主人公・財前孝史は安定成長株と見込んで投資したコンビニ株を早々に売却する。文句なしの優良企業ではなく、知られざるお宝銘柄を発掘し、株式市場の低評価に異を唱えることが大きなリターンの源泉になると信じ、運用方針の転換をはかる。

 隠れた価値を他の投資家が気づく前に見つけ出す。これは個別株投資の醍醐味だろう。付け加えるなら、その隠れた価値は、自分が投資した後に速やかに、広く市場で認知されるのが理想だ。いつまでも誰も気づかないようでは、その価値は株価に反映されない。

 四半期ごとに詳細な決算が発表される現状では、公表データから隠れた価値を見つけ出すハードルは高い。だからこそ、ファンドマネジャーやアナリストは定性的な要素を求めて企業、特に経営層との接触による情報収集に活路を探る。

 それは新聞記者も同じ。四半世紀前、駆け出し記者だったころに先輩に叩き込まれた鉄則が「社長が交代したら、すぐに会いに行け」だった。なかなかアポイントメントが取れないなら、夜の帰宅を社長宅で待ち伏せして、接触をはかったものだ。

2人の新社長、分かれた明暗

漫画インベスターZ 3巻P161『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 記者時代、そんな努力が報われた例を紹介しよう。

 最初の収穫は企業取材を始めて間もないころに経験した。取材対象は大手電機メーカーの部品子会社の社長。会社自体は売上高や利益は担当企業の中でもかなり小さい部類だったが、たまたま担当となった直後に社長交代があり、早速アポを入れた。

 人事ローテーションに沿った親会社からの天下り社長だったので、インタビューが面白くなるとは思っていなかった。だが、期待は良い方向に裏切られた。惰性で続けてきた親会社の下請け仕事は大幅に絞って、空いたキャパシティでグループ外から高付加価値製品を受注する。それだけで粗利益率が劇的に良くなるから業績は改善するだろうとデータを交えて熱く語りだした。

「それ、親会社が容認しますか?」と聞くと、「転出の辞令もらった時に言質をとったよ」と笑った。本体の社長とその新社長はツーカーの仲だった。その後、2年ほどでその子会社の利益と株価は急激に伸びた。記者だから株を買うわけにはいかなかったが、早くから企業体質の変化を記事で紹介できた。

 逆のケースもあった。20年ほど前、某化学品メーカーでトップ交代があった時、担当記者だった私は一升瓶片手に新社長のご自宅に推参した。上機嫌でリビングに上げてもらい、痛飲するうち、話題は生産トラブルで大赤字を出していた海外子会社の問題に及んだ。

 今後の対応に水を向けると、新社長は「あれは前社長の不始末。おかげで社長になれた」と笑い、「もうしばらく痛い目にあってもらう」と他人事のような突き放した物言いをした。その他のテーマでも、何かと自分の出身母体の営業部門への我田引水が目立った。30歳そこそこだった私でも「これは社長の器ではない」とあきれた。案の定、そのメーカーは経営の迷走と株価低迷を経て、他社に吸収合併された。

 記者のように一対一で経営者と対話する機会を得るのは難しいが、トップ交代は良くも悪くも企業の転機になりやすい。お宝を探すなら、しっかり目を凝らした方が良い。

漫画インベスターZ 3巻P162『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 3巻P163『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク