三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第27回は、不毛な「論破」ブームをやり過ごす攻略法を伝授する。
「論破」は下の下
大規模なベンチャー投資構想を打ち出した主人公・財前孝史は、東京の道塾学園創業家に飛び、現当主と対峙する。「実現性が全くない」と計画を一蹴された財前は、拒絶の言葉は自分を試すテストととらえ、論戦を挑む。
百にひとつの「当たり」しかない難易度の高いベンチャー投資で12歳の少年が成功できるとは思えない。藤田家の当主の言い分はもっともで、正攻法では不利とみた財前は相手の感情をかき乱す奇襲戦法を選び、「だからあなたたちはアメリカに負けるんだ!」と叫んでみせる。
「この人を説得してみせる!」という財前の意気込みは、負けず嫌いの若者の言動としてはほほえましいが、話し合いで論破を目指すのは「下の下」の選択だ。ショーとしては面白くても、言い負かされた方が納得するわけでもなく、勝ち馬に乗っているつもりの聴衆も、その場では溜飲が下がっても、実りや学びが得られるわけでもない。
とはいえ、現実の社会では、財前が使ったようなテクニックが横行している。心理的ゆさぶりや論点のすり替えで議論をコントロールしたり、自分に有利な状況を作ろうとしたりする輩は少なくない。
あなたの周囲にも、職場やプライベートの場で、発言の中身が特別優れているわけでもないのに、気が付くと場をリードしてしまう人がいるのではないだろうか。ネットにも、怒りや嫉妬、焦りを刺激して視聴者を誘導しようとする言論はあふれている。
そしてサルになる
そんな厄介な相手や言説に遭遇した時、私が心掛けているのが「ひとつ上」に視点を移動することだ。万能の対策ではないが、ノイズやプレッシャーを軽減する効果は大きいのでご紹介する。
「ひとつ上」とは、具体的には参加者全員をサルだと思うのだ。サル同士のマウンティング競争を檻の外から見物していると思い込む。相手をバカにしろ、という話ではない。ちゃんと自分自身もサルの一員として構図の中に置いて観察する。そうやって自己観察してみれば、萎縮したり、腹を立てたりしている自分も滑稽に思えるものだ。それだけでも心が軽くなる。
大事なのはユーモア精神、笑いを動員すること。重大な場面ほど、一歩引いて、心の中でちょっと笑ってみる。大変な時にそんな余裕がもてるはずがないと思うかもしれないが、これは訓練すれば身につくスキルだと私は思う。私自身は20代半ばからそうした思考法を心掛けてきた。我々はしょせん、ちょっと頭が回る上等なサルにすぎない。
お断りしておくと、これは冷笑主義とはまったく違う心構えだ。人間、どんな時でも、ムキになったらロクなことにならない。レイヤーを一つ上げて状況を把握すれば、その「場」が建設的なものになり得るのか、不毛な議論で終わる可能性が高いのか、見極められる。自分の立場と場の性質を見極めるテクニックだとご理解いただきたい。
作中では財前より一枚上手の当主が心理作戦を見破ったうえで、前向きな方向に会話を進める。どうやら議論は長年の日本経済の弱点、グローバルなプラットフォーム作りへと向かいそうだ。