「こんなん全部…」老舗企業の“たった7文字”の言葉に140年続く理由のすべてがあった!写真はイメージです Photo:mapo / Getty Images

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第35回は長く生き残る老舗企業の秘密を探る。

世界最古の企業は飛鳥時代の創立

「こんなん全部…」老舗企業の“たった7文字”の言葉に140年続く理由のすべてがあった!『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 バイオ企業を発掘する過程で主人公・財前孝史は知られざる優良企業の存在に目を向ける。投資部の副主将である渡辺信隆は、日本は創業200年を超える老舗企業の数が世界でも突出して多く、そのほとんどが無名の中小企業だと説く。

 渡辺が指摘する通り、日本には老舗企業が多い。私が記者時代に担当した中で最も長い歴史を持っていたのは住友金属鉱山だった。開業は1590年。古参の株式市場関係者は、住友財閥の源流である別子銅山を由来とした「別子」の愛称で呼ぶことが多い。

 世界最古の企業とも言われる建設会社・金剛組の創業は578年、なんと飛鳥時代にさかのぼる。四天王寺の建立のため聖徳太子が百済から招いた宮大工が開祖という。

生き残る老舗の秘密とは?

漫画インベスターZ 5巻P7『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 何世代にもわたって生き残る老舗の秘密は何か。『一〇〇年生き抜く京都の老舗』(淡交社)はタイトル通り、旅館、和菓子、呉服、豆腐や昆布など食材、箸や針や金物などなど、多種多様な古都の老舗をデザイナー・アートディレクターの酒井洋輔氏が訪ね、経営者に直接話を聞いてまとめたユニークな一冊だ。印象深い言葉を引いてみる。

 明治元年(1868年)創業の「ぎぼし」は昆布の専門店。5代目当主は「うちは何もこだわってないんです。昔と変わっていないだけ。周りが変わっていったんですよ」と語る。

 鰻の老舗「京極かねよ」は大正時代から変わらないレトロな木造建築の店構えで知られる名店。外観だけでなく、内装も昔のままを維持している。現当主は長く続いてきた理由を「運がいいから」と言い切る。「この建物でなかったら、こんなに有名になってない」「新しくするチャンスは何回かあったと思うけど、誰も新しくしなかったことも運がいい」。

「変わらないこと」の価値だけが語られるわけではない。宝永5年(1708年)から300年余の歴史を持つ「松島屋本店」は鰹節など乾物を取り扱う。温暖化による漁獲高の低下などの逆風に9代目は「時代がそうなら、越えていかななりません」ときっぱり答える。

「当たり前」の難しさ

漫画インベスターZ 5巻P8『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 著者の酒井氏は「100年の素朴」と題したあとがきに、「誤解を恐れずに言うと、お聞きした話はほとんど全て、自明のことだったように思います」と記す。「ありがとうと言え」「感謝しろ」「三方良し」。確かに、シンプルで、当たり前すぎる言葉がならぶ。

 だが「簡単そうに思える自明の教訓を100年続けることがいかに難しいかをこれらの言葉は示唆しているとも思えます」と酒井氏は振り返る。

 昨今はパーパスやミッションといった形で企業が自己を再定義し、社内のカルチャーを醸成してビジネスの推進力を上げる試みが広がっている。そうした「言葉」が上滑りに終わるかどうかは、簡単で自明なことを浸透させる持続力にかかっているのだろう。

 最後に『一〇〇年生き抜く京都の老舗』から、私のお気に入りの言葉を。

 明治15年創業の和菓子店「塩芳軒」。「何を継いでるんかな。自分でも分からない」「お菓子を作ることと、商売はまた別物でしょう。空間そのものであったり、生活全体も継いでいると思います」と話す5代目当主は、柔らかくこう語る。「こんなん全部おあずかりもんやと思てますから、どういう形で次につないでいくかです」。

漫画インベスターZ 5巻P9『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク