冬のしばれる寒さのなか、吐き出す白い息の向こうに浮かぶやわらかな光──人気(ひとけ)のない夜道を1人で歩く時など、自動販売機の明かりにホっとする人もいると思う。
日本自動販売機工業会の発表によれば、2011年末時点で日本全国に設置されている自動販売機はおよそ508万台。そのうち全体の49.8%にあたる253万台が飲料用の自販機であり、普及台数に占める割合がもっとも多い。2000年をピークとして、普及台数、売上ともに減少傾向にあるものの、飲料やタバコなど、業界全体の売上額は年間で5兆円を超える。一大産業であることは間違いない。
これほどまでに自動販売機が私たちの生活に定着した背景には、戦後の高度経済成長期における技術力の向上がある。
たとえば飲料の温冷機能である。従来は「つめた~い」だけだったが、長時間にわたって一定以上の温度を保つことに成功。「あたたか~い」飲み物を提供することが可能となり、故障が少ない国産自販機は消費者の信頼を勝ち得た。
そしてこの時期の特徴に、都市部への人口流入が挙げられる。仕事を求めて人が街に集まり、単身者や核家族の時代を迎えた。好きなものを好きな時に購入できる自動販売機は、個人消費に適した供給装置だったのだ。個人をターゲットとする自動販売機の機械的進化と、高度経済成長に突入した時勢が合致したことで、自販機の需要が一気に高まった。
現在、飲料の自動販売機においては“フルサービス方式”というシステムが一般的である。商品の補充、メンテナンスにかかるコストを飲料メーカーが負担する代わりに、自動販売機オーナーが売上の一部(平均20%が相場)をロイヤリティとして支払う仕組みである。
飲料の仕入れ代金、リース料、月々の電気代、保険料(防犯対策)などはかかるものの、飲料メーカーの自動販売機を設置した場合、飲料の補充から現金回収までのオーナーの負担がない。小売店を営む個人オーナーが、店頭に自動販売機を置くケースが多いのはそのためだ。人通りが多い場所の設置権利を取得すれば、「機械を設置しておくだけで一定の収益が見込める」と、自動販売機を優秀なビジネスツールと見る人も多い。
だが、昨今のデフレ経済下において、自動販売機ビジネスの先行きは明るいとは言えない。自動販売機の設置数は、都心部で30人に1台の割合と言われており、飽和状態である。設置スペースが限られている上に、非飲料メーカー系のベンダーも新規参入し、リプレース需要を食い合っているのが現状だ。
秋葉原の「おでん缶自販機」から始まり、「ラーメン缶自販機」、青果事業大手のドールが仕掛けた「バナナの自販機」(東京駅)、和雑貨を販売する「日本のお土産自動販売機」(渋谷)など、変わり種の自販機や「ご当地」をアピールする自販機も多数ある。海を渡ったイタリアには「ピザの自動販売機」まで存在するそうだ。
自動販売機から得られる収益ではなく、集客や話題集めのツールとして自動販売機を活用している事例が多く見られるのは、その地域の特産品やその企業しか提供できないサービスを展開する“営業マン”としての期待値の高さだろう。
戦後復興を成し遂げた世代を支え、ジャパンテクノロジーの象徴となった自動販売機。暗い夜道の安心感だけではなく、先の見えない閉塞感を打破するために、もう一度必要とされる時が来たのかもしれない。
(筒井健二/5時から作家塾(R))