ダイヤモンド・ソリューションズに所属する3名のエンジニアの協力のもと、開発は順調に進む。そして半年後にはプロダクトのベータ版が完成。リリース後はユーザーも増え、岡田は「採用活動を本格化させ、事業拡大に向けてアクセルを踏むべき」と判断した。

だが、シグナル・テクノロジーズでは2000万円もの資金をつぎ込み、ダイヤモンド・ソリューションズにシステム開発を委託していた。資金不足のため、採用を加速するには追加の資金調達が不可欠だった。

複数社のベンチャーキャピタル(VC)に連絡したところ、飲食業界に明るいベンチャーキャピタリストの古賀泰久から「ぜひ、話を聞きたい」と連絡があった。

岡田は数日後に古賀と面会。古賀は「このプロダクトには大きなポテンシャルがある」と話すなど、出資に前向きだった。だが、その後も交渉を続けるうち、古賀はシグナル・テクノロジーズとダイヤモンド・ソリューションズが交わしたシステム開発契約書を確認して、顔をしかめながらこう言い放った。

「プロダクトが閉鎖の危機にさらされている。出資は引き受けられない」

古賀は岡田に「シグナル・テクノロジーズはプロダクトの知的財産権を保有していない」と説明した。一体、何が起きたのか。

知的財産権の“帰属先”に要注意

シグナル・テクノロジーズは、ダイヤモンド・ソリューションズとの間でシステム開発の業務委託契約書を締結した上で、システム開発をダイヤモンド・ソリューションズに依頼していた。システム開発を委託する場合、契約書を締結しないでトラブルとなる事例をよく目にする。そのため、契約書を締結したこと自体は良いことではある。だが、トラブル防止という観点において大切なことは「契約書を締結すること」ではなく、「自社にとって不利益のない(または不利益があったとしても許容できる)契約書を締結すること」である。

今回、シグナル・テクノロジーズとダイヤモンド・ソリューションズの間で締結したシステム開発の業務委託契約書には、当該業務を実施したことによって発生する知的財産権について、どちらに帰属するのか、という条文が規定されていた。以下がその内容であった。

甲(委託者)及び乙(受託者)は、本業務の遂行過程で行われた創作等によって生じた本件成果物その他の著作物等の知的財産権について、すべて乙(受託者)に帰属するものとする。この場合、乙は、甲に対し、前項に基づき保有することとなった知的財産権について、本契約の目的の範囲内で利用することを許諾するものとする。

条文を読めば分かるとおり、ダイヤモンド・ソリューションズが行った業務により発生した知的財産権は、全て受託者である同社に帰属すると記載されている。委託者であるシグナル・テクノロジーズは一応、知的財産権の利用許諾を受けてはいるが、知的財産権の権利を一切保有していないこととなっている。