「そのとき、私は死んだのだと悟った」臨死体験者たちが語ったLSD級の「ぶっ飛んだ」光景とは?写真はイメージです Photo:PIXTA

世界には死の淵から奇跡的に戻ってきた臨死体験者が多くいる。認知科学者のアレクサンダー・バティアーニ氏が率いる研究チームは世界中の臨死体験データを元に解析を実施した。数々の事例とともに臨死体験の謎にせまっていこう。※本稿は、アレクサンダー・バティアーニ『死の前、「意識がはっきりする時間」の謎にせまる「終末期明晰」から読み解く生と死とそのはざま』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。

死の淵において人は
どんな景色を見ているのか

【事例1】

 わたしは起き上がり、すべてがはっきり見えることに感動を覚えた。それまでも眼鏡やコンタクトレンズは使っていたが、部屋のなかが隅々までくっきりと見え、色がじつに鮮やかに見えるのに驚いた。

 そして、わたしを囲むすべてのものからエネルギーを感じた。本や机、家具がみなほんのりと光を放っているかのようだった。また、そう気づいたのとほぼ同時に、周囲が360度見えることにも気づいた。首を回さなくても、ちらっと目をやるだけで見えるのだ。背後にはわたしの身体が横たわっており、そのときわたしは、自分は死んだのだと悟った。
【事例2】

 わたしは視力が良いほうではなく、あの素晴らしい体験の前もあともそれは変わらないのですが、あの体験のあいだは驚くほどよく見えました。

 病院の壁の細かいひび割れがすべて見え、窓の隅にいる極小のクモやハエも見えました。それは本当に、本当に美しい光景でした!生命の網というか、すべての生きとし生けるものが深くつながり合っているのです。そうした小さな生きものたちの内側やまわりで命が輝き、光がきらめいているのが見えました。

 病院の庭に木が見えましたが、そばに「近寄らなくても」、葉っぱの1枚1枚やその構造や葉脈が見えました。それから、石も見えました。よくある敷石だったと思いますが、そのすべての細部が、その肌理が、その圧倒的な美しさが見て取れたのです。こうしたすべてが自分の病室から、庭に1センチも近寄らずに見えたのですから……それは、身体から抜け出していたあいだの、夢のようなひとときでした。

臨死体験者の3分の2以上は
意識や認知能力に影響

 臨死体験中の意識の明瞭さと認知能力にかかわる問いについては、653例の全サンプルのうち、約3分の1(226例、35%)が、周囲の状況をどう理解していたかなどの体験中の認知プロセスに関する明確な言及を含んでいなかった。よって、この226例は採点対象外とされた。