これが「Self Us Now」理論です。オバマはいきなり「大きな物語」を聴衆にぶつけるのではなく、「私はこういう人生を歩んできた」と「小さな物語」を訴えるところから語り始めました。

「私は黒人としてマイノリティの苦しみをずっと味わってきた。でもアメリカという国が自由を与えてくれたから、私はここまでのぼってこられた。マイノリティの苦しみを味わった人間が、変革を起こしていく。これってみんなもできることだよね」

そんなふうに「story of self」(自分がここにいる理由)を語り、「story of us」(私たちがここにいる理由)を聴衆に投げかけ、「story of now」(今行動を起こすべき理由)を訴える。大統領候補の生い立ちという「他人の物語」から「自分の物語」へと変換させることによって人々を巻き込んでいったのです。

この話がプロセスエコノミーとどのように関連するのでしょうか。

「Self Us Now」理論で人生のプロセスを共有するうちに、自分の中にあるストーリーが、異なる他者のストーリーとどんどん重なっていきます。「私はこういうふうに生きてきた」「君は今こういう道を歩んでいるんだね」「私と君には共通点がある。その共通点をきっかけに連帯しながらみんなで何かを起こそうよ」

自分のプロセス(生き様)を開示し共有することで、個の熱狂が集団の熱狂へと広がるのです。

一人のリーダーのアウトプットによって大きな社会変革がいきなり起きるわけではありません。一人が100歩前進するのではなく、プロセスを共有した仲間100人が一歩ずつ前進する。一緒に動いていく。閉塞感漂うアメリカをチェンジするために取ったオバマ大統領の手法は、まさに人がプロセスに共感するメカニズムを捉えていました。

デービッド・アーカーの「シグネチャーストーリー」

皆が一緒に冒険したくなるストーリーやナラティブはオバマ元大統領のような強力なリーダーからしか生まれないのでしょうか?

尾原和啓著『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(出版:幻冬舎)
尾原和啓著『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(出版:幻冬舎)

ブランド経営論の大家であるデービッド・アーカーは『ストーリーで伝えるブランド シグネチャーストーリーが人々を惹きつける』(翻訳=阿久津聡、ダイヤモンド社)という本の中で、ブランドにとってシグネチャーストーリー(Signature Story)が大事と語っています。その企業・サービスを象徴するような際立ったストーリーを徹底的に打ち出せば、ブランドは顧客の心の底まで深く突き刺さるというわけです。

そしてストーリーをもっているのは、創業者だけとは限りません。むしろ従業員の場合もあれば、取引先やお客さんのほうがリアリティがあることも多いです。大切なのは、そのブランドの「こだわりや哲学」に一致するストーリーであるかどうかなのです。