「ヒット作を生み出したい」とは、ビジネスパーソンなら誰もが夢見ることだ。日本中の人がその商品の名前を知っている「メガヒット」ならなおさらよい。「綾鷹」「檸檬堂」「からだすこやか茶W」「SK-Ⅱ」「ファブリーズ」「ジョイ」…これらの商品は、ほとんどの日本人が知っているメガヒット商品だ。これらの商品を大ヒットに導いたのは、P&Gジャパン、日本コカ・コーラを渡り歩いた伝説のマーケター・和佐高志氏である。彼の初の著書『メガヒットが連発する 殻を破る思考法』(ダイヤモンド社)から一部を抜粋・編集して、ヒット作を生み出すコツを学ぶ。

通称「P&Gマフィア」。P&G出身者はなぜ多くの企業で大活躍しているのか?Photo: Adobe Stock

「P&Gマフィア」と呼ばれるプロフェッショナルたち  

 P&Gジャパンの出身者は「P&Gマフィア」などと呼ばれて、いろいろな日本企業で活躍するようになっています。そのベースになっているのが、「ブランドマネジメント制」にあると私は感じています。  

 この仕組みの中で、消費者マーケティングのプロとして育てられ、同時にブランドやカテゴリーのPLや利益の責任を負う。これは、小さな会社の社長になるようなものなのです。

 P&Gに入社すると、ブランドマネジメント制の中で、20代で3つくらいのブランドやカテゴリーを担当することになります。小さなものなら数十億円。中堅規模で数百億円。大きなものなら1000億円を超すブランド=会社を、30歳ほどで3社経験しているような状況になります。

 言ってみれば、すでにいろんな会社で働いているような経験を持っているのです。しかも、ブランドマネジャーになれば、会社の運営に近い仕事になる。ブランドマネジメント制が、これを可能にしているのです。

 実際、ブランドは、大きなマーケティング予算を扱います。ここから、どんなプロモーションを行えば、消費者行動が変化し、シェアが上がったり、売り上げが上がったりするのか、相関関係を見ながら、その予算の使い方を考えなければなりません。

 そもそも銀行に預けておけば、世界では4~5%の金利で増えていきます。それと同じ利回りにしたのでは、ブランドマネジャーにお金を預ける意味がない。そういうことも、入社3、4年目には学びます。予算を預かれば、年利5%以上のバリューを出さなければいけないということです。

 そして先にも少し触れたように、P&Gでは、部下とチームの両方が伸びなければ評価されません。自分だけが伸びても昇進はないのです。チームの育成、トレーニングの大切さ、リーダーシップ、問題解決能力が必然的についてくる。

 会社に雇われているのではなく、オーナーシップを持って、自分のブランドを率いていくという意識が強くなるのです。

 部下を持つと、360度評価になります。自分の強みと弱みが、はっきりと文書で書かれて出てきます。多方面に目を配っていなくては、当然、評価は得られません。

 30歳で「SK-Ⅱ」のブランドマネジャーを担当していた時には、年間400億円のブランドでした。それからホームケアやランドリーになると、1000億円規模のカテゴリーを見ていくことになりました。

 また、私自身、後に韓国も見ていくことになりますが、グローバル市場も担当領域になりました。こういう仕事を30歳そこそこで担う。ものすごくストレッチでチャレンジなプロジェクトばかりでしたが、それはありがたいことでした。しかも当時のP&Gは先輩社員の人数も少なく、先輩たちは後輩を育て、P&Gのポートフォリオを増やし売り上げを上げるしかなかった。上司が「こいつはもう無理だ」と思ったら、昇進は止まってしまう。

 その意味では、マーケティングなど学生時代まったく勉強してこなかった私を、先輩方がどれほど我慢強く育ててくれたのか、とても感謝しています。P&Gに入っていなかったら、今の私はいない。それは断言できます。

 だから、私にできるのは、自分が学んだことをこれからの人たちにお伝えしていくことなのだと思っているのです。

通称「P&Gマフィア」。P&G出身者はなぜ多くの企業で大活躍しているのか?

和佐高志(わさたかし)1990年、同志社大学文学部新聞学科卒業後、P&Gジャパン・マーケティング本部入社。医薬品、紙製品のマーケティングに始まり、化粧品&スキンケア、洗濯関連カテゴリー等を担当。ブランドと人材育成の実績を重ね、ブランドマネジャーからマーケティングディレクターへ。2006年、紙製品、化粧品&スキンケア事業部担当のジェネラルマネジャーとして、P&Lの責任を持つ。2009年より、日本コカ・コーラのお茶カテゴリーマーケティング責任者。「太陽のマテ茶」や「からだすこやか茶W」などの新製品発売および「綾鷹」ブランドの立て直しなどによるお茶カテゴリーV字回復を実現。2013年、同社副社長に就任し、「ジョージア ヨーロピアン」「世界は誰かの仕事でできている。」キャンペーンなど複数の大型ブランドのビジネス拡大推進をリード。2019年にコカ・コーラ社世界初となるアルコールブランド「檸檬堂」の開発責任者として成功を収め、最高マーケティング責任者に就任。2020年、日経クロストレンドが選出する、マーケター・オブ・ザ・イヤー大賞受賞。2023年、同社を退社。株式会社Jukebox Dreams(ジュークボックスドリームズ)を設立、同社代表取締役CEO就任。