空が青い理由、彩雲と出会う方法、豪雨はなぜ起こるのか、龍の巣の正体、天使の梯子を愛でる、天気予報の裏を読む…。空は美しい。そして、ただ美しいだけではなく、私たちが気象を理解するためのヒントに満ちている。SNSフォロワー数40万人を超える人気雲研究者の荒木健太郎氏(@arakencloud)が「雲愛」に貫かれた視点から、空、雲、天気についてのはなしや、気象学という学問の面白さを紹介する『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』が発刊された。西成活裕氏(東京大学教授)「あらゆる人におすすめしたい。壮大なスケールで「知的好奇心」を満たしてくれる素敵な本だ」、鎌田浩毅氏(京都大学名誉教授)「美しい空や雲の話から気象学の最先端までを面白く読ませる。数学ができない文系の人こそ読むべき凄い本である」、斉田季実治氏(気象予報士、「NHKニュースウオッチ9」で気象情報を担当)「空は「いつ」「どこ」にいても楽しむことができる最高のエンターテインメントだと教えてくれる本。あすの空が待ち遠しくなります」と絶賛されている。今回は、気象予報士の佐々木恭子氏の原稿を特別に掲載します。

AIが発達すれば「予報官」や「気象予報士」は不要になるのか?Photo: Adobe Stock

天気予報のAI

「チャットAI」や「画像生成AI」などの言葉をよく耳にするようになり、AI(人工知能)は最近普及してきた技術のように思われるかもしれません。

 しかし、理論自体の歴史は古く、天気予報にも早くから取り入れられています。

 そもそも天気予報の作り方は、まず地上気象観測や気象衛星などの観測データをもとに、現実に近い「仮想の空」を作ります。

 そこから、「数値予報モデル」(雲、太陽や地面からの放射、大気の流れなどの現在分かっている物理法則のプログラムを組み合わせたもの)を使って数値シミュレーションを実行し、将来の大気を予測します。

 シミュレーションの結果として出力されるのは数値の羅列であり、天気予報になっていないのでそのままでは使えません。

 そこで、AIの出番です。AI手法の1つである機械学習により、数値の羅列から「晴れ」「曇り」などの天気や発雷確率(雷の起こりやすさ)などの要素を求めたり、数値予報モデルの予測に必ず含まれる誤差を修正して軽減したりすることができます。

 こうして作られた資料を「ガイダンス」といいます。

AIを用いたガイダンス作成の歴史

 気象庁では、1977年から機械学習を用いたガイダンスの運用が始まりました。なんと今から46年も前です。1996年には機械学習の1つである「ニューラルネットワーク」という手法が用いられるようになり、現在に至ります。

 ニューラルネットワークは、人間が決めた特徴に基づいてコンピュータが学習を繰り返し、自動でルールやパターンを見つけ出すというものです。脳神経の伝達の仕組みをまねた手法で、より複雑な計算ができるようになりました。

 これを用いて、天気や、最大降水量、最小湿度などのガイダンスが作成されています。最近では、新たなAI技術の活用による取り組みもあります。

 例えば、各種の数値予報モデルにより得られた複数のガイダンスから最適な組み合わせを得ることで、より精度の高い「統合型ガイダンス(仮称)」を作成する技術の開発が進められています。

 また、「深層学習(ディープラーニング)」を用いた取り組みもあります。

 深層学習も機械学習の一種ですが、大量のデータから人間が特徴を定義しなくてもコンピュータが特徴を見つけて、高度なデータ処理ができる技術です。

 この手法で、全国を1キロメートル四方の細かさで区切った現在の気温を推定する技術も開発されています。

予報官や気象予報士は要らなくなる?

 AIに任せられることが多くなると、今ある人間の作業は減っていきます。

 ということは、気象庁で一般向けに天気予報や注意報・警報などを発表する予報官や、民間で天気予報を行うために与えられた国家資格である気象予報士の仕事はなくなってしまうのでしょうか。

 今のところ完全にAIに任せるのは無理で、人間が手を加えなければ適切な天気予報はできません。

 なぜなら、AIがパターンを見つけるには多くの似た現象の学習が必要で、滅多に起こらない極端な大雨などは事例が少なく、精度よく表現することが難しいのです。

 また、数値予報モデルが完全ではないことや、そもそも天気自体にまだ未解明な点が多いことも理由として挙げられます。

 一方で、つい最近、こうしたAI技術だけを使った中期予報が、数値予報モデルによる予測よりも精度が高まったという研究結果が出てきました。

 さらに、その研究では、これまで苦手と考えられてきたハリケーンや高温などの極端な現象も、予報精度が高いという結果になっていたのです。

 すでに、ヨーロッパではAIの気象モデルが現場で使われはじめており、精度向上のための技術開発に取り組まれています。

 今後、技術がさらに進歩すればガイダンスなどの予報の精度は高まり、人間の手を介する必要がなくなるかもしれません。

 その一方で、顕著な大雨や高温などが増えれば、今よりもっと防災情報の適切な利用が求められるようになるでしょう。

 予報担当者は、単に予報の解説をするだけでなく、いつどこでどんな災害の危険があるのかや適切な避難のタイミングなど、より細やかな防災のための解説力が求められるようになるのではないでしょうか。

【参考文献】
気象庁「気象庁予報部数値予報課報告・別冊第64号(ガイダンスの解説)」
 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/nwpreport/64/No64_all.pdf
気象庁プレスリリース「気象観測・予測への AI 技術の活用に向けた共同研究の成果について」 
 https://www.jma.go.jp/jma/press/2306/30b/20230630_ai.pdf

【訂正】記事初出時より以下のように補足しました。1ページ目の38行目の文章を追加しました。「一方で、つい最近、こうしたAI技術だけを使った中期予報が、数値予報モデルによる予測よりも精度が高まったという研究結果が出てきました。さらに、その研究では、これまで苦手と考えられてきたハリケーンや高温などの極端な現象も、予報精度が高いという結果になっていたのです。すでに、ヨーロッパではAIの気象モデルが現場で使われはじめており、精度向上のための技術開発に取り組まれています。」を追記しました。(2024年1月9日15:00 書籍オンライン編集部)

(本原稿は、荒木健太郎著読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなしの内容と関連した、ダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)

佐々木恭子(ささき・きょうこ)
気象予報士。防災士。合同会社『てんコロ.』代表。早稲田大学第一文学部卒業後、テレビ番組制作会社入社。バラエティー番組のディレクターを経て、2007年に気象予報士の資格を取得し、民間気象会社で自治体防災向けや高速道路・国道向け、企業向けの予報などを担当。現在は予報業務に加えて、気象予報士資格取得スクールなどを主催・講師を務める。監修に『奇跡の瞬間!空の絶景100選』(宝島社)など。編集協力に『すごすぎる天気の図鑑』『もっとすごすぎる天気の図鑑』『雲の超図鑑』(以上、荒木健太郎著/KADOKAWA)、『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』(荒木健太郎著/ダイヤモンド社)などがある。
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