三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第45回は「日本型組織」の弱点を改めて見つめ直す。
絵に描いたような無責任体質
合議制の落とし穴を学んだ主人公・財前孝史は、投資部の先輩月島蓮と日本型組織の弱点について話し合う。ふたりは、なれあいの合意形成では果断な意思決定は難しく、問題を先送りする「全員無責任体制」になりかねないと断じる。
財前たちの議論はややステレオタイプのきらいがあるが、実際、バランス重視の集団的意思決定が組織の足を引っ張るケースは珍しくない。私自身も、記者時代に絵に描いたような無責任体質の経営陣を目にした経験がある。
その企業は同系列の2社が合併してうまれた業界屈指の大手企業だった。私が担当になった時点で合併からは10年近く経過していたのだが、いまひとつシナジー効果を生まれず、業績は低迷していた。アナリストの見方は、不採算事業の整理など抜本的なリストラ策が必要という点で一致していた。
「何かニュースが出てくるかもしれない」と警戒した私は、財務を担当する役員A氏の自宅に頻繁に「夜討ち」を仕掛けていた。都心から車で1時間半ほどかけて通った甲斐があり、時折、応接に通してもらえるようになった。経営再建策の方向性や感触も得られた。
A氏は派閥志向が薄く、会社の全体像を俯瞰して「やるべきことは、はっきりしているんですよ」と率直に語ってくれた。
不毛すぎる社長インタビュー
周辺取材を重ね、そろそろ経営トップに直接インタビューを、というタイミングが来た。まずは表玄関からと考え、アポを取って本社の役員応接室に出向いた。
20人分ほどの席がある大きな応接なのに、広報担当者数人は私の座ったソファの後方に突っ立ったまま。落ち着かない気分で待っていると、社長が入室してきた。立ち上がって挨拶しながら唖然とした。その後ろから、ぞろぞろと5、6人の役員がついてきたのだ。
全員と名刺交換を済ませ、奇妙なインタビューが始まった。大半の質問は「それは担当役員から」となり、社長自身が答えるのは漠然とした全社の経営方針だけ。第三者である記者がいる場にまで、出身母体にわかれた派閥間のけん制の空気が満ちていた。自宅での取材では饒舌なA氏は聞き役に徹していた。
その夜、A氏は…
不毛なインタビューを終えたその日の晩に、私はA氏を訪ねた。「今日は雪が降る中、ご苦労様でした」とウイスキーのロックを勧めてくれた後、A氏はあきらめまじりの何とも言えない表情をうかべて、「今日、見てもらった通りです。何も決まりませんよ、今のままじゃ」とこぼした。
帰り際、「もらいものが多すぎて飲み切れないから」と笑いながら、かなり高級なウイスキーを一本、お土産にもたせてくれた。
A氏への取材は間遠になり、結局、担当した2年ほどの間にその企業から大きなニュースが出ることはなかった。
私が担当を外れた後も経営の迷走は続き、同業界のライバル企業が強みのある分野への経営資源集中や事業の多角化に活路を見出すなか、業績は景気頼みのじり貧状態が続いた。この原稿を書くために久しぶりに決算資料を眺めてみたが、まだ低迷の出口は見えないようだ。
「やるべきことは、はっきりしているんですよ」というA氏の言葉の重みを、時折思い出す。