月3000万円の利益を稼ぐ敏腕トレーダーが「今なら勝てる!」と思った瞬間『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第14回は「ミスをしない投資」の秘密を探る。

バフェット流、投資の必勝法

 投資部主将の神代圭介は主人公・財前孝史に「壁打ちの練習だけでテニス部のヤツと戦って勝つ」と豪語し、目の前で実行して見せる。勝因を、平常心をたもち、「ミスをしないテニスをしただけ」と分析する神代は、その心構えが投資の秘訣に通じると語る。

 世界一の投資家ウォーレン・バフェット氏には、投資の必勝法について、こんな名言がある。

ルール1:絶対に損をするな
ルール2:絶対にルール1を忘れるな

 もちろんバフェット流のジョークなわけだが、諧謔の中に真実が紛れ込んでいる。投資では、一気に利益を上げることより、大きな損を避ける方が重要だ。

 たとえば100万円の元手を勝てばプラス50%、負ければマイナス50%というハイリスク・ハイリターン型の賭けに投じたとしよう。運悪く負けた場合、元本は50万円に半減する。そこから100万円に復活するには資金を2倍にしなければならない。50%の損失を取り返すには100%のリターンが必要なのだ。たとえ6割、7割の勝率が見込める有利な賭けだとしても、最初に躓いたら再起は極めて難しい。

 一方、勝てばプラス1%、負けてもマイナス1%という賭けなら、元本を大きく毀損することなく何度も参加できる。勝率が6~7割もあれば、ゲームを繰り返すうちに徐々に勝ち星が積み重なる。元本が増えて「1%の価値」も上がり、いわゆる複利効果で長期では大きく資金は増えていくはずだ。

 再びバフェット氏の名言を引けば「ゆっくりお金持ちになりたい人はいない」。これも反語的なジョークで、地道に時間をかけて複利効果を狙うことこそ、資産形成の王道だ。ちなみにアリス・シュローダー氏によるバフェット氏公認の伝記には『スノーボール』(雪の玉)というタイトルがついている。

月3000万円稼ぐトレーダー「説明できないけど…」

漫画インベスターZ 2巻P139『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 平常心をたもってミスを避けるという神代の流儀から、ある外資系証券の幹部から聞いたユニークな部下A氏のエピソードを思い出した。

 A氏は会社の自己勘定で取引して収益を稼ぐプロップトレーダーで、同僚と同じように早朝に出社してマーケットに張り付くのだが、ずっと画面を見ているだけで、ほとんど取引はしない。トレードは少ないと1日1~2回、多くても3~4回。100万~200万円程度の利益を上げるか、損失が100万円程度になったら、その日は店じまいする。

 勝率が極めて高く、ほぼ確実に毎月2000万~3000万円の利益を上げるA氏に、幹部が「どうやってるの?」と聞いたら、「説明できないけど『今なら勝てる』という瞬間が分かる。それをずっと待っている。負けると無意識でも焦りが出て勘が働かなくなる」と説明してくれたという。

 プロップは歩合制なので、チームの中にはもっとリスクをとって利益を上げ、A氏より巨額の報酬を手にするトレーダーもいた。それでも「一番安定して、精神的にも余裕をもってマーケットに向かっているのはAだ」と幹部は評していた。

 このA氏と似たトレーダーの事例は『マーケットの魔術師』シリーズの中にも出てくる。匿名のそのトレーダーは、じっとマーケットとにらめっこしてチャンスを待ち、「今だ」と感じたら取引を始める。本人にも説明不能だが、勝率は高い。そのまま取引を続けて、連敗したら手を止めて、次の「今だ」が来るのを待つのだという。

 説明不能な勘頼みなので、資金を預けている顧客には後付けでトレードの根拠を考えて報告するのだという。同シリーズの中では珍しく匿名で登場しているのも、顧客が不安に思うから、という理由だったと記憶する。こちらは平常心の先にある、いわゆる「ゾーン」のような境地だろうか。

 さて次回はいよいよ道塾学園投資部の3000億円のポートフォリオの全容が明らかになるようだ。神代はその半分、1500億円を預かる。「ミスをしない」と豪語した主将の選択肢は何か、気になるところだ。

漫画インベスターZ 2巻P140『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 2巻P141『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク