3Photo by Takahiko Hara

リニア中央新幹線の開業が見通せない事態に陥っている。静岡工区が着工できないためだ。10年近くJR東海と静岡県が議論してきたが、なぜいまだにまとまらないのか。#1に続き、ジャーナリストの池上彰氏が、静岡県・川勝平太知事の元側近で、現在静岡市長を務める難波喬司氏に直撃した。(ジャーナリスト 池上 彰、静岡市長 難波喬司 構成/梶原麻衣子)

静岡県は水の問題を
殊更大きく捉えすぎているのか

池上 リニア開通に関して静岡県民にとって最も大きな問題が大井川の水量についてでした。南アルプスのトンネル工事を行うことで山から川へ流れている水の一部が下流へ流れなくなり、その量が「毎秒2トン」といわれています。

 水量の問題が深刻に受け止められているのは、かつて静岡では「水返せ運動」があったからでしょう。また、川勝知事は折に触れて「南アルプスは62万人の『命の水』を育む。『命の水』を守らなければならない」と述べて、このままリニア工事が行われれば、大井川の水、つまり住民の生活用水を守れないとしています。

 しかし一方で、水量については少なくとも下流では潤沢で、静岡県が問題を殊更大きく捉えすぎているという指摘もあります。

「水返せ運動」と「命の水」
●「水返せ運動」とは:

 1960年、大井川中流部に塩郷(しおごう)ダムが完成し、下流の川口発電所への送水を開始したことで、中流域から下流では水不足が起き、上流部では洪水が頻発した。これに対し1985年から川根3町(旧本川根町、旧中川根町、旧川根町)の住民らの陳情が活発化。1988年に大井川のダムの放流量を増やすことを求め、デモ行進や河川敷での決起集会などを行い流量改善につなげた。

干上がった塩郷ダムと下流1976年10月撮影 写真:国土交通省 地図・空中写真閲覧サービス/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

●「命の水」とは:
 大井川は流域住民が生活用水としてはもちろん、工業用水、農業用水、水力発電に利用しており、地下水を使っている割合も高いため、「命の水」と呼ばれる。川勝知事はこれに加え、1920年代に東海道線の丹那(たんな)トンネルを掘削した際に箱根芦ノ湖の3倍分の水が失われ、水ワサビと水田の丹那盆地が干上がったことをもってトンネル掘削時の流水の全量戻しにこだわった。

維持放流が義務づけられているダム主な地点における維持放流量模式図。ダム下流の河川環境の維持等を目的として、田代ダム、長島ダム、大井川ダム、塩郷堰堤などのダムで維持放流が実施されている 出典:国土交通省「第4回リニア中央新幹線静岡工区 有識者会議 配布資料」 拡大画像表示