「誤解を招く記述が多くある」が、売れた本
もちろん、睡眠や睡眠時間の確保が重要ではない、という意味ではない。『睡眠こそ最強の解決策である』に書かれているほかの主張は、もっと正確かもしれない。
しかし、この本は、科学的な誇大広告が自己啓発的な語り口にとどまらず、破滅的な結果をもたらし得ることを自ら例示している。ウォーカーはデータが示すことだけに限定して、はるかに慎重な本を書くこともできたかもしれないが、そのような本はあまり売れなかっただろうし、「科学と医療を変える」と称賛されることもなかっただろう。
とはいえ、このままでは、睡眠時間を気にしすぎたり、必要以上に寝て時間を無駄にしたりするなど、人々に誤解を与えかねない。
事実の正確さの問題として、これだけ売れた本に、誤解を招く記述がこれだけ多く含まれていることに、私たちは夜も眠れない思いだ。
「聞き心地のいいストーリーを優先」させて、事実をないがしろにする
ただ、これは的外れな指摘なのかもしれない。
商業的な事業であるポピュラーサイエンスの本は、100%厳密に正確である必要はなく、重箱の隅をつつくような批判に反論できる必要はないのかもしれない。科学的知見をわかりやすく説明することは、少々簡略化されているとしても、全体として有益なのかもしれない。科学を世の中に広め、科学を人々の生活と関連づけているのだから。少なくとも証拠を無視していないのならいいではないか。
そうした主張にもそれなりの意味はあるが、長い目で見れば好ましくない。
聞き心地のいいストーリーを優先させて事実をないがしろにすれば、科学分野の書籍はますます不正確になり、データからかけ離れる危険がある。そのような本の嘘が暴かれ、推奨されたライフスタイルの変化が誇張されたとおりの結果をもたらさなければ、科学全般の評判が損なわれることになる。
先ほど紹介した本は、カリフォルニア大学バークレー校の教授が執筆している。
一流の科学者が証拠を誇張することを気にとめないなら、誰が気にするというのか。
(本稿は、『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』の一部を抜粋・編集したものです)