「すべての科学研究は真実である」と考えるのは、あまりに無邪気だ――。
科学の「再現性の危機」をご存じだろうか。心理学、医学、経済学など幅広いジャンルで、過去の研究の再現に失敗する事例が多数報告されているのだ。
鉄壁の事実を報告したはずの「科学」が、一体なぜミスを犯すのか? 
そんな科学の不正・怠慢・バイアス・誇張が生じるしくみを多数の実例とともに解説しているのが、話題の新刊『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』だ。
単なる科学批判ではなく、「科学の原則に沿って軌道修正する」ことを提唱する本書。
今回は、ポピュラーサイエンス本における「誇張」の実態についての本書の記述の一部を抜粋・編集して紹介する。

「事実に忠実な本」はベストセラーにならない?ー「ポピュラーサイエンス本」の知られざる実態とはPhoto: Adobe Stock

「あなたの世界観を変え、社会と医療を変える稀有な本」

続いて紹介するベストセラーは、その主張の根拠とする科学をあからさまに誤って解釈していると批判されている。

カリフォルニア大学バークレー校教授で神経科学者のマシュー・ウォーカーは、2017年に『睡眠こそ最強の解決策である』(邦訳・SBクリエイティブ)を出版。1日8時間の睡眠をとらなければ、健康に(そのほかのことにも)恐ろしい影響が出ると主張した。

この本も世界的なベストセラーになった。ウォーカーのTEDトーク「睡眠はあなたのスーパーパワー」は約1000万回の再生回数を記録している。元BMJ(ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル)編集長のリチャード・スミスは、「あなたの世界観を変え、社会と医療を変える稀有な本」と評した。

「証拠に反する内容」なのにベストセラーに?

ウォーカーの主張は眠気を誘うどころではない。
第1章から、「睡眠時間が短いほど寿命が短くなる」「6、7時間以下の睡眠を続けていると、免疫システムが破壊され、ガンのリスクが2倍以上になる」という警告が並ぶ。

ただし、いずれも証拠に反する内容だ。

2019年にライターでもある研究者のアレクセイ・グゼイが、ウォーカーの主張の多くについて出典をたどった記事を発表した。

グゼイはまず、複数の研究で、睡眠時間の長さと死亡リスクの関係はU字曲線を描いていることを確認した。毎日8時間以上寝る人は、5時間以下の人と同じように、寿命が短くなっているのだ。

さらに、睡眠時間が短いと免疫系が「破壊」されてガンのリスクが高まるという主張は(この主張は相関関係を示すデータから誤って因果関係を導き出した例でもある)、証拠と矛盾していることもわかった。睡眠時間が短い人はガンのリスクが増加するという関係は、あるとしても弱く、おそらくそのような関係は存在しない

グゼイはほかにもウォーカーの主張の多くについて批判し、ウォーカーが睡眠と怪我のリスクの関係を示すグラフの一部だけを提示して、睡眠時間が5時間の人は6時間の人より怪我をする可能性が低いという不都合な部分を省いていることも指摘した。