「素晴らしい薬ですが、現在は慢性骨髄性白血病、フィラデルフィア染色体陽性の急性リンパ性白血病、Ph陽性急性リンパ性白血病(Ph陽性ALL)にしか使えません。

 でも世の中にはチロシンキナーゼの働きを抑え、腫瘍細胞の増殖を抑えることで治療できるかもしれないがんが結構あります。遺伝子パネル検査で、チロシンキナーゼに関する異常が見つかった患者さんに、グリベックを投与できる可能性はないかということになっています」

 つまり、がん種ではなく、効いていく機序に応じて、どんながんでもその薬が使えるようなマスタープロトコルを作成しておき、患者側から申し出があったら使うという仕組み。

「ヴォトリエント錠は、悪性軟部腫瘍や腎細胞がんの治療薬です。腎細胞がんは大人の病気ですね。小児がんとしては悪性軟部腫瘍の一種である横紋筋肉腫の再発例などの治療に使われることがあります。
ジャカビ錠は、骨髄繊維症や真性多血症の治療薬で、JAK阻害薬と呼ばれる分子標的薬です。ヤヌスキナーゼ(JAK)という酵素を標的としています。JAKが亢進している患者さんに使うと、腫瘍の増殖を抑えることができます。同種造血幹細胞移植後の移植片対宿主病(GVHD)という重大な合併症の治療にも使うことができるようになりました」

ドラッグ・ラグが解消されたら
日本の小児がん医療は「鬼に金棒」

 期待は膨らむが、むろん薬が使えれば絶対に治せるという保証はない。大人と比べたら小児がんの生存率は高いとはいえ、がんはやはり難しい病気だ。

「日本の医師は治療が上手いと思います。たとえば小児がんの代表的な腫瘍である神経芽腫。欧米では標準治療としてジヌツキシマブ(抗GD2抗体)を用いて良い成績を出していますが、日本のジヌツキシマブがなかった時代でも、発症から2年目ぐらいまでは良い成績をだしています。今後、ジヌツキシマブでどこまで上乗せできるかです。」

 日本の小児がん医療は、ドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロスがあるため、苦戦を強いられている。しかし、現場の医師たちの工夫と努力により、厳しい状況ながらも高い治療成績を上げてきた。
「つまり、ドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロスさえ改善されれば鬼に金棒と言えるかもしれません」

 そのためにはまず、欧米と同じように「分子標的薬を成人向けに開発する場合には、小児向けも併せて開発することが義務付ける」制度が日本でも採用されることが必要だ。松本氏は、小児がんへの社会の関心を高め、制度の導入を後押しするために尽力している。

(取材・文/医療ジャーナリスト 木原洋美)