「9~17時出社はクレイジー」か?米国のZ世代女性の訴えを人類学者がマジメに考えたジェイムス・スーズマン氏 Photo by Kazumoto Ohono

AI(人工知能)時代になってまで、私たちはなぜ「働くこと」にこだわるのか?「働かない」ことは悪なのか? さまざまな学問分野の最新の知見を基に、「人と仕事」の関係を解き明かした話題作『働き方全史「働きすぎる種」ホモ・サピエンスの誕生』(東洋経済新報社)の著者、英国の人類学者ジェイムス・スーズマン氏に話を聞いた。【前後編の前編】(国際ジャーナリスト 大野和基)

「9~17時出社で頭がおかしくなりそう」
TikToker女性の訴えに人類学者の見解は

――私たちは生きるために働きますし、中には働くために生きているという人もいます。一方で、本当はやりたくない仕事をしている人もかなり多い。子どもの頃になりたかった職業に就いた人も、実際に働き始めると「思い描いていたのと違うな」と感じたりします。

 実のところ現代では多くの人が、仕事に対して後悔の念を抱いているのかもしれません。人間は生まれながらにして働く本能、忙しくする本能、充実感を得ようとする本能がありますが、「仕事」には世界中どこでも通用する普遍的な定義がなく、仕事の概念も文化によって大きく異なります。ただ、英語圏および多くの近代国家では、仕事をネガティブなものとして捉える「job」と、ポジティブに捉える「work」の違いがあると思います。

 現代の経済活動とリソースの分配は、テクノロジーの影響を大きく受けていますよね。そして結果的に自分が好きな仕事(work)を見つけようとするよりも、自分が見つけた仕事(job)を好きになろうとする状況になっています。たとえモーツァルトだって、もしも現代に生まれていたら、workする(作曲する)時間はないかもしれない。家賃や電気代の支払いをするために、やりたくもないjobをしているかもしれません。

 ほとんどの人が自分の仕事(job)を嫌っていますが、leisure(自由な時間)は自分がやりたいことに費やしています。昼間は満足感がゼロのjobをして、帰宅して好きなことをする。趣味の料理とか、スポーツとかね。jobは「義務感」といった含みがあり、誰もが何らかのjobを持っています。つまりjobというのはworkからくる満足感を抜いたもの。jobから得られる唯一の満足は、物質的な報いです。

 それではworkとは何かというと、私たち人間の本質に関わってきます。人間は好奇心に満ちた、何かにエネルギーを注ぎたいという欲望を持つ生き物です。石器時代には道具を作るようになり、技術をマスターして、大きな満足感を得るようになりました。そうして高度に進化した結果、目的意識がないと喪失感を覚えるようになりました。これがまさに人生の大きなジレンマの1つです。いかにして良き人生を送るか、古代からある根源的な問いです。

 人は満足できるもの、自分にとって意義のあるものを見つけると、より良き人生を送る傾向にあります。が、実際はそういった満足は自分のjob以外で見つけることが多い。他方、自分のjobに達成感を見いだそうとする人たちは、その達成感や目的意識を持とうとして、不必要なjobを山のようにつくり出したりもします。

――米国のTikTokerでZ世代の女性が、「9~17時で出社して自分の時間がなく頭がおかしくなりそう」などと泣きながら訴える動画が世界的に話題になり、賛否を呼びました。『働き方全史「働きすぎる種」ホモ・サピエンスの誕生』の冒頭には「週15時間だけ働き、幸せに生きる」とありますが、まさに、現代のホモ・サピエンスは働きすぎで、頭がおかしいのでしょうか? この本が出たタイミングと、インターネット上の論争のタイミングが重なったことは、偶然とは思えません。この女性の投稿やそれを巡る論争をどう思いますか?