自然利子率を与件としてはいけない
潜在成長率を高める施策こそ必要

――日本では長期間デフレの状態が続いています。本書の第2章「長期化するデフレ」ではその点を論じています。

 先日(2024年2月14日)、日本経済新聞の「経済教室」で「政策で期待は操作できたか」というコラムを書きましたが、日本における金融政策と経済変化を見ると、「中央銀行(日本では日本銀行)の約束だけでは期待は動かしにくい」と私は考えています。

 日本全体の潜在成長力をフルに発揮させられる金利、つまり総需要と総供給が一致する自然利子率と呼ばれる金利(中立金利)は、年々下がってきています。前述の通り、90年代の終わりからマイナスにある、という人もいました。GDP(国内総生産)が年々縮小しているということです。

 この場合、日銀が名目金利をゼロにしても、インフレ率が0%ぐらいだと、実質金利は中立金利より高くなってしまい、国民は将来に備えて貯蓄に走ってしまいます。それを防ぐため、政策でインフレを起こして実質金利を中立金利になるまで下げるべきだというのがリフレ派のロジックです。

 政策金利はすでにゼロなので、発行通貨の量を増やしたり、将来にわたってデフレが終息するまで金融緩和を続けることを約束するフォワードガイダンスなどを実施したりしたわけです。これらの金融政策は従来のものではなかったので、「非伝統的政策」と呼ばれています。

 将来の金利やインフレに関しての、国民の期待を、政策によって操作しようという考え方です。しかし、繰り返しますが、日本では当局の思惑通りには、すぐに期待は変化しなかった。こうした経済理論と現実の関係は、本書で詳述しました。

――本書第2章は、「何が問題だったのか――リフレ政策の副作用」という節で結んでいます。

 要は、政策で何を直したいのか、だと思います。当時のデフレ論争ではここがとても狭く捉えられていました。具体的には、「自然利子率(中立金利)は与えられたもの、所与の条件と考えた上で、需要と供給を一致させるためにどんな金融政策をとるべきか」に論争が終始していました。

 本来は、自然利子率が低すぎるのであれば、それを高めるために、中長期的にどういう政策を打つかを考えるべきです。それは日本の経済成長率を長期的に高める構造改革をすることです。構造改革による長期成長をメインの政策として、それとセットで短期的な需要と供給をなるべく一致させるような金融・財政政策を補助的に実施する。このように、経済の全体像および中長期的な視点から経済政策を考えるべきだと思います。 

――自然利子率を高めるには、日本全体の成長性を高める。人口減少下の日本では、生産性を高める政策が望まれるということになるのでしょうか。

 そうですね。ここまでの話の流れで言えば、日本全体の新陳代謝を高めていくことです。例えば、収益性の高い企業がその成長に必要な人材を確保できるように政策的に促すことです。低生産性の企業が退出や人材放出を行いやすい制度や環境を整えるとか、もっと人材移動が活発化するような法整備を確立するとか、金融面でそうした新陳代謝を促すことなどです。

 個人のリスキリングによる生産性向上はすでに行われていますが、社会保障制度の面で将来不安をなくして、転職や消費行動が活性化していく制度設計は大切ですね。 

 同じく動き始めているDX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)についても、しっかりと結実するように政策のバックアップが必要です。ただ、財政支出がさらに相当必要なため、今日、最も重要な財政の健全化との両立が難しく、その方法を私自身見出せていないので、本書では言及しませんでした。

*明日公開の後編では、世界金融危機の分析、日本の財政危機と対処策、将来に向けた施策の提言をお伝えします。

小林慶一郎(こばやし・けいいちろう)
1966年生まれ。91年、東京大学大学院工学系研究科修了後、通商産業省(現経済産業省)入省。98年経済学Ph.D.(シカゴ大学). 2013年から現職。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所ファカルティフェロー、東京財団政策研究所研究主幹などを兼任。専門分野はマクロ経済学。『日本経済の罠』(加藤創太と共著、日本経済新聞出版、2001年、日経・経済図書文化賞、大佛次郎論壇賞奨励賞)、『時間の経済学』(ミネルヴァ書房, 2019年)など著書多数。