それは大きな行動ではなく“小さな思い”から始まるのです。

背景を知ることで
嫌な人間でも見方が変わる

 看護師も人間ですから、正直、「嫌だな」と思う患者さんもいます。でも本当は、こちらに問題があるのかもしれません。それに気づかせてくれた事例があります。

 患者の名前は田中さん。その病院の“常連さん”でした。整形外科や内科など5~6科を“はしご”しています。

 田中さんはどの科でも「私の番はまだなの」と催促してきます。さらには「先生、私、今日の注射はビタミンCでいいから」と、医師に命令までするため、看護師たちは嫌がり、目を合わせないようにしていました。

 でも、それはよい状況ではありません。そこで私は、同じ科の6人の看護師に聞いてみたのです。「ねえ、田中さんの背景、誰か知ってる?」と。

 カルテはとても分厚いので、かなり前から通院していることはわかります。なのに誰も彼女の背景を知らないのです。唯一、看護助手の一人が「私、知っています」と教えてくれました。

 田中さんは戦争でご主人を亡くし、女手一つで男の子3人を育て、3人とも大学を卒業させた。だけどいまは一人暮らしで、寂しい人なのです、と。

 そこで私は、看護師たちにそれを話し、日誌をつくろうと提案をしました。「田中さんと話をして、どんな人なのか、知ったことを書いてみない?」と。

 効果はすぐに出ました。看護師の態度が変わり始めたのです。田中さんと目が合わないようにしていた看護師たちが「今日はまだこないわね」と待つようになり、彼女の姿を見つけると、笑顔で話しかけるようになったのです。

「田中さん日誌」に少しずつ情報が集まってくると、同居していた長男夫人との関係がよくないこともわかってきました。そこで私は「田中さん少し時間をくださる?」ともちかけ、病院の談話室で話をしたのです。

 田中さんは、過去の苦労話を訥々と語ります。そして、涙がとめどもなくあふれるのでした。最後は、お嫁さんに意地悪されたことまで明かしてくれました。

 それからは、田中さんはウソみたいに“いい患者さん”に変わりました。つまり、田中さんは嫌な患者さんだったのではなく、嫌な患者さんにさせていたのは看護師の方だったのです。

「相手の態度は、自分の心の鏡」なのですね。自分が心を開かなかったから、相手も心を閉ざし、強固な態度になっていたのです。