「このままでは看護師がつぶれてしまう」と思った私は、病棟でカンファレンスを開くことにしました。さらに忙しくなるのは承知のうえで、患者さんの情報を、看護師全員が共有するようにしたのです。

 脳外科に、Yさんという「脳幹部損傷で手術不能」という患者さんがいました。片麻痺と拘縮があり、医師の説明は次のようなものでした。

「Yさんはもう治りません。ADL(日常生活動作)も、その他の機能も、よくなることは考えられない。感染さえ防げば、多少は延命もできるだろうが……」

 これを聞き、1人の看護師が、意を決したように発言しました。

「実は、気になることがあります。Yさんは、目はうつろで視線も合いませんが、ケアをしていると何かを感じるのです」

 すると、数名の看護師が「私もです」と同調します。

 私は医師に提案しました。「先生は何もすることはないと仰いますが、これだけの看護師が、何かを感じています。看護の力を試させてもらえませんか」と。

 医師は「あなた方がそこまで言うなら」と、許可をしてくださいました。看護師たちは話し合い、2時間おきだった体位変換を1時間おきに変えました。

 また、微熱が続いていたので、感染源と疑われるチューブ類も早く抜く計画に切り替えました。そして「早期に車椅子で外を散歩させる」と目標を決めたのです。

 Yさんの熱は下がり始めました。気管のチューブを抜いたことで切開孔が塞がり、声も出るようになりました。そしてある日、リハビリ室の大きな鏡に映った自分の顔を見て「あっ!」と叫んだのです。

 看護師室の雰囲気も変わります。全員が必死で関わり始めます。すると、どんどんよくなっていくのです。

 記念写真の中に息子さんの顔を見つけ指でさしたり、自分でスプーンをもって食事をしようとしたり、看護師の問いかけにはっきりと返事をするまでに改善していきました。

 看護師たち全員が変わったのです。患者さんを「ダメだ」ではなく「変える」という目で見ることで、小さな変化に気づくようになりました。そして、小さな変化を喜びにして、次の変化に挑んでいく。

 看護の内容自体が大きく変わったわけではありません。ネガティブな捉え方をポジティブにするだけで、見え方や関わり方が変わるのです。そして、結果が変わるのです。看護師も私も、大切なことを学びました。

 環境に左右されるのではなく、環境を左右するようになる。