生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかり、動物園の器具を壊したゴリラは怒られるのが嫌で犯人は同居している猫だと示す…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」山極壽一氏(霊長類学者・人類学者)、「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」橘玲氏(作家)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。
並外れたハンター
マッコウクジラは並外れたハンターで、一日のうちにイカや魚などを五〇〇キログラムくらいは簡単に食べてしまう。
マッコウクジラの餌場はほとんどが光の届かない深い海の中であり、そこでは、コウモリやイルカと同じような「エコーロケーション」が頼りになる。
ただし、深海のイカの中には、発光の能力を持つ者も多い。仲間とのコミュニケーションや狩りの際に、身体の光を点滅させるのだ。巧みな「非常線」真っ暗で何も見えないところを、わざわざ自分で光ってくれれば、もちろんクジラにとっては助けになる。
しかし、光を点滅させるイカが周囲に多数いると、混乱してしまう恐れがある。賢いマッコウクジラは当然のように、漁船に近づき延縄にかかった魚を引き抜いて食べることも覚えた。
この方法だと、クジラの途方もない食欲を満たして余りあるほどの量の餌を簡単に得ることができるのだ。特に大型の、逃げ足の速い獲物を狙う場合、クジラたちは複数で協調、協力をする。餌場までペアで、あるいは小さな集団で降りて行き、一種の「非常線」を形成する。
獲物の群れを効率的に見つけ出すための、全長一キロメートルにもなるクジラの非常線だ。
ただし、どこかでイカの大群を見つけたとしても、それで戦いは終わりではない。クジラの身体に水中GPS装置を取りつけて集めたデータによると、クジラたちは分かれて狩りをすることがわかっている――まず一頭が深くまで潜って行く。
そうしてイカたちの深海への逃げ道を塞いだ上で、他のクジラたちが、イカの群れの側面から攻撃を仕掛けるのである。
ただし、マッコウクジラの狩りについてはわからないことが多い。狩りだけでなく、マッコウクジラの生態は、全般的にまだ詳しく調べ始められたばかりと言っていいだろう。
伝説の海の怪物
マッコウクジラの獲物の中でも最も恐ろしいのは巨大イカだろう。伝説の海の怪物、クラーケンの元になったと思われる全長一〇メートルほどにもなるイカがいるのだ。
マッコウクジラとさほど変わらないくらいの大きさだ。長く生きているマッコウクジラの頭には、大きな円形の傷跡がついていることがよくある。巨大イカの吸盤の跡だ。
海の巨大生物どうしが激しく戦った歴史を物語る証拠だ。マッコウクジラの死骸を解剖すると、巨大イカの残骸が出て来ることがあるので食べていることは間違いないのだが、どのようにしてこれほどの怪物を倒しているのかは謎である。
マッコウクジラの下顎は外見上、驚くほど繊細そうだ。長く円錐状の歯を持ってはいるが、年長のクジラの中には歯をすでに失って、それでもどうにか餌を食べているという者もいる。クジラの体内から見つかる巨大イカの残骸には、歯の跡がないものも多いのだ。
衝撃波で倒すのか?
つまり、戦うこともなく食べられている可能性がある。
パズルのピースをつなぎ合わせると、どうやらマッコウクジラは、信じ難い方法で巨大イカを倒して食べていると考えられる。
マッコウクジラの巨大な頭は一種の「音響レンズ」として機能するのではないか、という説もある。この音響レンズで集めることで、発した音の音量を増大させることができるというのだ。
強力な音の衝撃波をぶつけて、獲物を気絶させるというわけだ。なるほど、理に適った説のようではあるが、実は正しくないらしい。
クジラが発する音で他の動物を気絶させられるかを確かめる実験はすでに行われている。研究室内での実験だが、クジラの発する音にはそのような力はなさそうだった。最近、狩りの際にマッコウクジラが発する音が録音されたが、エコーロケーションのためのクリック音やブーンという音はあっても、衝撃波というほどの大音響は入っていなかった。
現状、マッコウクジラがいかにして恐るべき巨大イカを倒すのかは謎のままだ。
数いるクジラの中でも最もカリスマ性が高いとも言われるマッコウクジラを彩るミステリーの一つということだ。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉を編集、抜粋したものです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」