生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかり、動物園の器具を壊したゴリラは怒られるのが嫌で犯人は同居している猫だと示す…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」山極壽一氏(霊長類学者・人類学者)、「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」橘玲氏(作家)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。
「冥界からの魔物」
マッコウクジラという動物は、脅威への対処方法も独特である。
ごく最近まで、マッコウクジラ、特に大人のマッコウクジラは、捕食者の脅威とは基本的に無縁だと考えられていた。これだけ巨大な動物を攻撃できる捕食動物などいないだろうと思われていたのだが、実は、それができる動物もいるとわかってきた。
シャチは高い知能を持つハンターであると同時に、身体もマッコウクジラを襲うのに十分なほど大きい。英語でシャチを意味する“killer whale”という名前は、スペイン語の“asesina ballena”に由来するという説もある。
“クジラ殺し”と呼ばれた
これは直訳すると“whale killer(クジラ殺し)”になる。スペインの漁師や捕鯨船員たちが、自分より大きなクジラを襲うシャチを見て、その話を人に聞かせていたことからこの名前がついたとも言われている。
当然、シャチという動物にも敬意を持つべきであり、その点からすると、「クジラ殺し」という名前はどうなのか、と思う人も増えたのだろう。
最近では、英語でシャチのことを“orca(オルカ)”と呼ぶ人も多くなった。これは、学名の“Orcinus orca”を縮めたものなのだが、実は、この学名自体、あまり良い名前とは言えない。ラテン語で「冥界からの魔物」という意味だからだ。
名前の話はそのくらいにするが、ともかく、シャチが地球上でも知的で創造力に富み、同時に冷酷なハンターであるのは事実である。シャチがマッコウクジラを襲った話は数多くあるが、アメリカ海洋漁業局のロバート・ピットマンらの話ほど恐ろしく、印象的な話も少ないだろう。
一九九七年に、カリフォルニア沿岸で、三五頭のシャチの集団が九頭のマッコウクジラの集団に襲いかかった時のことだ。攻撃は早朝に始まり、数時間続いた。その一部始終を、アメリカの調査船に乗った科学者たちが見ていたのだ。
シャチの攻撃を受けたマッコウクジラたちは集まり、「マーガレット・フォーメーション」と呼ばれる陣形を組んだ。マーガレットの花に似た形になることからついた名前だ。
この陣形では、マッコウクジラたちがそれぞれに自分の頭を花の中心に向け、身体は花びらのように外に向けることになる。子どもなど小さく弱い個体は花の中心に置いて、安全度を高める。
ゴンドウクジラなどクジラ目のもっと小さな動物たちも同様の方法で身を守ろうとすることが知られている。頭を内側に向けることで、自分たちの最も強力な武器である尾びれを攻撃相手に向けることできる。
じわじわとクジラを追い詰める
ジャコウウシなど、陸上の動物も同様の陣形を作ることがあるし、人間も昔の歩兵たちがやはり同じような陣形で身を守ろうとしていたことがある。
しかし、この陣形が破られてしまうこともある。相手の方が圧倒的に数が多い場合などには、とても対抗できない。三五頭のシャチは、クジラの数を少しずつ減らしていく、という戦略で慎重に攻撃を進めていった。
そうすれば、自分たちが逆に攻撃されて負傷する危険性を最小限に抑えることができる。シャチは交代でクジラを攻撃しては退却することを繰り返していた、とピットマンは証言している。攻撃は成功しているようだった。
シャチがクジラたちの中で動き回る度、クジラのものであろう新鮮な血が流れたからだ。また、シャチが攻撃したあとには、クジラから流れ出たと思われる脂も溜まっていた。
凄惨な最期
海に大量の血が流れると、シャチの攻撃は激しさを増した。
すると、マッコウクジラはさらに深刻な傷を負うことになる。ピットマンによれば、皮膚やその下の脂肪層が引き裂かれ、大きな破片が散らばっているクジラや、腸がむき出しになっているクジラもいたようだ。
マッコウクジラたちにとっては悲しいことだが、終わりの時が近づいているのは明らかだった。
攻撃を始めてから四時間ほど経った午前十一時頃、ついにシャチは、マッコウクジラの陣形を崩すことに成功した。そうなると、すでに疲れ果てたクジラたちをさらに簡単に攻撃することができる。
とどめは、巨大な雄のシャチによる攻撃だった。そのシャチは、もはや力なく海に漂うだけの無防備なマッコウクジラの脇腹に向かってとてつもない勢いで突進して行った。
獲物をしっかりと捕まえたシャチは、巨大なクジラを振り回した。
犬がネズミをくわえて振り回しているようだった。攻撃は終わった。あとは、ゆっくりと獲物を食べるだけだ。
シャチたちは、その後、一時間くらいかけてクジラを大いに味わった。殺され、食べられたクジラ以外に、この時、生き残ったクジラもいるのだが、その後、どうなったかはわからない。
逃げてその後も長く生き続けた可能性もなくはないが、負っていた傷の深さを考えると、長くは生きられなかったと考える方が自然だろう。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉を編集、抜粋したものです)