太田胃散のCMで流れる「ダジャレっぽいクラシック曲」の作者は誰?写真はイメージです Photo:PIXTA

テレビコマーシャルやゲームのBGMとして使用されることが多いクラシック音楽。ゲームオーバーの時のメロディや「太田胃散」、「オー人事」といったCMでは、クラシックの曲を効果的に使用して強烈なインパクトを与えている。私たちの耳と心に残る、身近なクラシック音楽を紹介する。※本稿は渋谷ゆう子著『生活はクラシック音楽でできている』(笠間書院)の一部を抜粋・編集したものです。

太田胃散のCMメロディは
ショパンの「イ長調」

 ショパンの美しいピアノ曲といえば、日本では実に効果的な使い方をしているものもあります。それは太田胃散のテレビCMです。

 ショパンの曲ということを知らなくても、楽曲を聴けば「胃薬の!」と気がつくでしょう。美しいこのピアノ曲は、「24の前奏曲作品28第7番イ長調」と呼ばれている楽曲です。

「胃腸」の調子を整えることを願って「イ長」調のこの楽曲が選ばれたのではないかという駄洒落に満ちた推測はともかくとしても、大変優雅で優しい雰囲気の楽曲です。

 16小節分しかないこの曲はだいたい30秒で弾き終えることができます。CMの長さを考えてもぴったりくる選曲だったといえるでしょう。

 前奏曲(プレリュード)は何かの前に演奏する曲という意味ではなく、形式にとらわれず自由な作風で作る、という意味があります。加えてショパンはこれを、あることに準えて作ることを考えていたようです。それはこの24という楽曲数がキーワードです。

 音楽には、聴くとなんだかハッピーな気分になる長調と、悲しげな気分を感じる短調という作曲上の法則があります。ドレミファソラシドという1オクターブに、それぞれ日本の音名でハニホヘトイロハの文字が当てられています。

 ソから始まる長調のことをト長調、短調の場合をト短調と表記します。ちょっと難しい話になりますが、ドの半音上がった嬰ハや、半音下がったシの変ロなども含め、これらの調性のバリエーションは全部で24個あります。

 J.S.バッハがこの24種類の調性すべてで「平均律クラヴィーア曲集」という前奏曲とフーガを作っています。ショパンはこれを尊敬して倣い、「24のプレリュード(前奏曲)」を作ったとされます。ショパンの24曲もすべて違った調性で作られているのです。

 胃腸を優しく労わるイ長調は、その中のひとつということになります。ちなみに、ショパン自身も虚弱体質で、この「24のプレリュード(前奏曲)」が完成した頃は暖かいマジョルカ島で静養していました。

 恋人であるジョルジュ=サンドは、マジョルカ島での生活の中で食の細いショパンのために、消化が良いようにしっかりと煮込んだ優しい味付けの野菜のスープを作っていたとか。

 こんな逸話もあるこの曲が、日本で胃腸薬のテーマとなって浸透したのはある意味必然だったのかもしれませんね。