「オー人事、オー人事」CMの悲壮感あるクラシック曲、作曲者は誰?写真はイメージです Photo:PIXTA

テレビコマーシャルやゲームのBGMとして使用されることが多いクラシック音楽。ゲームオーバーの時のメロディや「太田胃散」、「オー人事」といったCMでは、クラシックの曲を効果的に使用して強烈なインパクトを与えている。私たちの耳と心に残る、身近なクラシック音楽を紹介する。※本稿は渋谷ゆう子著『生活はクラシック音楽でできている』(笠間書院)の一部を抜粋・編集したものです。

転職を後押しする
悲壮感たっぷりな「弦楽セレナーデ」

 クラシック音楽の持つ雰囲気、楽曲のイメージはその楽曲の完成度が高ければ高いほど、それが加わった映像のクオリティも高くするようです。特に短い時間で意図を伝えなければならないテレビCMでの効果は抜群です。

 前項のショパンだけでなく、チャイコフスキーの楽曲にも、そうしたCMに使われた代表的な楽曲があります。それは「弦楽セレナーデ・ハ長調作品48」です。

 現在の職場がどれだけ酷いのかをドラマ仕立てで構成し、一刻も早く転職をしなければ、と見ている人を誘う人材派遣会社スタッフサービスのCMに使われていました。

「オー人事、オー人事」というナレーションのこのCMは1997年から2004年まで約6年間シリーズ展開されています。職場の酷いシチュエーションの、その悲壮感を「弦楽セレナーデ」のヴァイオリンのメロディがさらに盛り立てています。

 このCMは日本国内だけでなく海外でも多数の広告賞を受賞したというのですから、反響の大きさとクオリティの高さがうかがえます。20年の時を経てもこのCMの記憶は薄れず、2018年には期間限定2日間のみで新作6本をウェブで公開し、400万回再生を記録したというから驚きです。

 このCMのシナリオ、シチュエーション、もちろん映像そのものが良かったことは当然としても、そこにさらに印象を強く与える力のある楽曲を選択したこともまた、功を奏したといえるのではないでしょうか。

 この「弦楽セレナーデ」は、ロシアの作曲家ピョートル・チャイコフスキー(1840~93)が1880年に作曲した、4楽章からなる弦楽オーケストラ(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの合奏)の楽曲です。

 CMに使われたのはこの第1楽章冒頭の部分、つまりこの楽曲の最初の部分が大変印象的だということになるでしょう。

 チャイコフスキー自身がこの楽曲について「モーツァルトへのオマージュで、モーツァルトの作曲手法や様式を意識している」と言ったとおり、古典的で伝統に則った美しい様式で構成されています。

 また、一方では第4楽章を「ロシアの主題によるフィナーレ」とし、自身のアイデンティティをしっかりと組み込んでいます。こうした楽曲の成り立ちは、社会人としてまっとうに仕事をしながらも、自分自身のアイデンティティを大事にできる環境を掴みに行くという、積極的転職のイメージをしっかりと支えているともいえます。

 このCMの成功は、BGMにクラシック音楽を選んだことによって、それを作った作曲家と世界の歴史の中身も含めることになるという好例です。