近藤 忘れもしない名言です。「近藤君、男が戦うんだったら、NTTぐらいがちょうどいいんだ。それ以下と戦っても、それは弱い者いじめというんだよ」と。

井上 いいですね(笑) 。

近藤 それでグラグラっと心が揺れたんですよ。でも冷静になって、アカン、アカンと。こんなことに巻き込まれたらエライことになると。孫さんがすごい人だとはわかっているけど、会社の全エネルギーを注がなければいけない。それも無理筋なので、「10万件というのは無理だと思いますよ」と僕は弱気なことを発言したんですね。

井上 なるほど。

「一人では何も出来ません」
孫正義のスカウトメールの全文

近藤 そしたら、孫さんが僕にこう言ったんです。「君は才能があるのに、バッターボックスに立っていない」と。続けて「近藤君、今夜ヒマか?」と聞かれたんです。「はい」と答えたら、2人でご飯食べに行こうと。瞬間的にこれは記念撮影をしてさようならだと思いました。孫正義と1回、ご飯食べたっていうのは僕なりの自慢になると。それでご飯に行ったんです。

井上 それはどこですか。

近藤 店の名前は憶えていませんが、ちょっとした料亭でした。すごい高級料亭ではなく。そこで孫さんといろいろ話したんですが、正直、内容についてはほとんど覚えていません。ただ、孫さんの人柄、すごいお茶目なところ、気取りのなさ、ジョークもおもしろいし。そういう人間性に魅力を感じたことは覚えています。一番印象深く記憶に残っているのが、その後です。帰宅してしばらくたったころ、孫さんからメールがきたんです。そのメールはいまも残っています。

孫正義氏が近藤太香巳氏に送ったメール画面のスクリーンショット提供:近藤太香巳氏

「僕は日本のブロードバンドの夜明けのために命を捧げる覚悟だと、1人では戦えないと、近藤君を中心として、近藤君に頑張ってもらいたいと。一緒に頑張ろう、孫正義」と。これを見た瞬間、僕はどう思ったかというと、「なんて自分に酔っ払ってる人」だと(笑)。

井上 (笑)

近藤 でも、それがドラマの主人公みたいで、めっちゃかっこよく見えたわけです。

井上 打ちのめされたわけですね。

近藤 打ちのめされました。それでよしやるぞ、と。でも、それだけの台数をやろうと思ったら会社の規模を10倍、20倍に拡大しなければ無理でした。しかも僕は今までやってきた事業をすべてやめなければなりません。それで、ここは僕にとっても勝負で、孫さんのおっしゃる「日本のブロードバンドの夜明けのため」に頑張ることになったわけです。

 そこからは、週に何日も孫さんと一緒に過ごしました。企画だの会議だのと言って、毎日のように一緒にいる週もありましたね。でも、営業のテストマーケティングをすると、やっぱりお客様に言われるのは、「NTTに任せていますから、けっこうです」と。そこで孫さんに「0円にしましょう」と持ちかけました。僕は、携帯電話を普及させるために初期費用0円のキャンペーンを成功させた経験があったので自信があったんです。そこまでやるべきかと、孫さんや担当者から言われた記憶ありますけど、孫さんの決断は早いですよ。2カ月間0円でやることが決まった。とにかく、決断のスピードがめちゃくちゃ速い。そこからは、お客様が「タダだったら、1回試してみようか」というお試し企画がヒットしたんですね。結果、ネクシーズだけで、137万回線をわずか2年ぐらいでやっちゃった。

井上 このYahoo! BBの0円施策は歴史に残りますよね。まさに夜明けというか。

孫正義が「ズバ抜けていた」
経営者に必須の“ある能力”

近藤 このときもそうですが、孫さんから学んだことの一つは、即断即決のスピードなんですよね。すべてにおいて、即断即決、スピードが猛烈に速いんですよ。

井上 秒単位みたいな。

近藤 そうです。もう一つ学んだのは、毎日のように会議をしてたんですが、全部数字が入ってるんですよね。仮説を立てて、何台いったらとか、このときにこれだけのお金かけたらとか。常に数字が入っていて、儲かる・儲からないが瞬時に出るわけですね。仮説を立てることが大事で、こうやって仮説を立てていくのかと。いつまでに、どのようにして、何を成し遂げるのかを、未来から今を見て、今、何を、誰がやらなければいけないのかということが常に明確でした。

井上 おっしゃるように、数字できちっと示すんだと孫さんはいつも言っていますよね。