三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第76回は、決断力のあるリーダーに必須の「見極め」の素養について論じる。
「批評家」上司にウンザリ
主人公・財前孝史と藤田家の御曹司である慎司の対立は、投資部の存続を賭けた三番勝負に発展する。独断で勝負を受けた財前に一部部員から批判が起きる中、主将の神代圭介は慎司の思い上がりに怒り、投資部を挙げて真っ向勝負に臨むと宣言する。
理性的でクールな神代は、三番勝負など退けて事を丸く収めるだろう――こんな財前の予想は見事に裏切られた。マンガとしてこれしかないという展開ではあるが、この場面での神代の振る舞いには「大局観を持って腹を決める」というリーダーの心得が詰まっている。
投資部の会議で副主将の渡辺信隆は財前の勝手な行動をなじり、月浜蓮や安ヶ平慎也らは何か隠し事があるのではと勘繰る。部員たちが一通り発言した後で、神代は「よくぞ受けてきた」とズバリと言い切り、財前を全面的にバックアップすると断言する。
リーダーのもっとも大事な役割は、現状分析をもとに適切な決断を下し、チームの方向性を決めることだ。前に出るしかないという場面で、チームメンバーの過去の行動を責めたり、ディテールにこだわったりしたところで、得るものはない。
各部員に不満や疑問をあげさせ、いわば「ガス抜き」をしたうえで、大局観から今やるべきことを示す。普段のクールさを捨てた神代の闘志むき出しの言葉で投資部の面々の顔つきとムードは一変する。
リーダーの役割を果たすべき人間まで誰かの過失を責め、批評家的な物言いに終始する。ダメな日本型組織の会議で、そんな場面に出くわした経験がある人は少なくないだろう。責任回避の手段としてはある意味、合理的な振る舞いではあるが、そんなカルチャーが蔓延れば、メンバーの士気は下がり、組織が停滞するのは必至だ。
重要なのは「コントロール」の6文字
そんな卑怯な動機ではなく、単にリーダーとして取るべき言動がわからないのだとしたら、必要なのはマインドセットの転換だろう。その際に重要なのは、コントロール可能なこととコントロール不可能なことの見極めだ。
今回の財前vs慎司のケースでいえば、神代は、創業家の意向次第で三番勝負自体は避けられないと判断したのだろう。それはコントロール不可能な要素であって、是非や財前の責任を問うても事態は好転しない。ならば、コントロール可能なこと=部員の士気を高めて総力戦で臨むことに集中する方が生産的だ。
組織の迷走は多くの場合、コントロール不可能なことに干渉しようとして時間と資源を浪費することから始まる。何が所与の条件なのか、変更可能なこと、リソースをつぎ込むべきポイントを見極めることこそ大局観の本質だ。
日本を例にとると、私の目には少子高齢化・人口減少はすでにほぼコントロール不可能な領域に入っていると映る。人口の厚みがある私たち団塊ジュニア世代への働きかけを怠った時点で「勝負あった」のである。多少、ブレーキはかけられても、流れは変わらない。
コントロール可能なこと、人口減少を前提とした社会設計へと発想を転換するのがリーダーの仕事なのだろうが、社会保障改革や地方のインフラ整備の縮小など不人気な決断を迫られるのは目に見えている。リーダーシップ不在の出口は見えず、時間と資源の空費はまだまだ続くのだろう。