三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから紐解く連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第46回は、エース級の人材がなぜか組織の足を引っ張ってしまう「負のメカニズム」を解説する。
「最悪の投資先は…」
主人公・財前孝史は、閉店に追い込まれた近所のカメラ屋の店主と、ジャパネットたかたを急成長させた高田明氏の違いを考察する。成功と失敗の分かれ目はちょっとした発想の違いであり、その根底には経営者の理念や信念があると気づく。
カメラ自体や写真を売ることではなく、顧客の満足を追求する。ここまでは多くの人がたどり着ける気づきだろう。ジャパネットたかたが躍進できたのは、この気づきを土台に、高田氏の独特の語りによる「ショッピングのコンテンツ化」という独自の路線を築き上げたからだ。
今風にいえば、ただ日用品や電化製品を買うだけの「モノ消費」を、プレゼンテーションとお買い得感も含めて楽しむ「コト消費」へと変えてみせた。個人の才能とカリスマ性がビジネスに昇華した好例と言える。
作中で財前が「1人の人間の信念は100万回の会議に優る」と思い至るように、カリスマ性あふれる経営者の率いる会社には強い推進力が働く。特にその傾向が強いのは、創業理念を体現するオーナー社長だろう。
だが、そこには諸刃の剣の危うさもある。
あるベテランファンドマネジャーから「最高の投資先はうまく行っているオーナー系企業。最悪の投資先はうまく行っていないオーナー系企業」というジョークを聞いたことがある。
オーナーの決断が当たっているうちは、バランス重視のサラリーマン社長では成し遂げられないような飛躍が期待できる。だが、ワンマン体制が裏目に出れば、ガバナンスの弱さから修正も効かず、悪循環から抜け出せなくなる。
「7割おじさん」はなぜ迷惑なのか?
個人頼みの怖さはオーナー企業に限らない。
私には「打率7割オジサンは迷惑」という長年の持論がある。
オジサンは組織の意思決定者を指す。日本では男性がそうしたポジションを占めているケースが多いのでオジサンとしているに過ぎない。無論、女性であっても構図は同じだ。
世の中は複雑だから、様々な問題で7割も正解を出せるのは素晴らしい能力だ。中には9割近く正解を出す超人もいる。成長期のオーナー経営者などはこのレベルにあるのだろう。
そういうスーパーオジサンには往々にして共通の弱点がある。凡人が無能に見えてしまうのだ。そして、超人であっても時に誤るし、凡人であっても特定の分野では超人より正しい判断を下せるケースはある。だが、プライドの高い超人の耳にはそれが届かない。
凡人も「どうせ言っても無駄」と進言しない。凡人側が見下されていると感じれば、超人の致命的な過ちを喜んで見過ごすことさえ起きる。かくて1割や3割の「打ち損じ」の積み重ねで組織は衰えていく。
個人の力には限界がある。歴史に残るリーダーは、組織をけん引するカリスマ性を発揮しつつ、幅広い意見を受け入れる度量を持っている。大事なのは高い打率ではなく、「聞く耳」なのだ。