三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第71回は世界一「やる気」がないとされる、日本の会社員の課題を掘り下げる。
無理難題を乗り越えた先に
広大な丘の草をたった1日で刈り取るのを出資の条件として突き付けられた中川は、ホリエモンこと堀江貴文氏に「不可能だ」と反発する。無理難題を実現してこそベンチャーだという言葉に感応し、中川は果敢な行動力を示す。
必死で汗をかく若者に人々が手を貸し、困難な課題を乗り越える。陳腐ではあるが、中川のドタバタ劇の清々しい幕引きには、投資の本質が描かれている。それは「投資する側」より「投資される側」に回った方が面白い、ということだ。「踊る阿呆に見る阿呆」という古い文句があるが、踊る方が楽しいに決まっている。
作中で指摘される通り、本質的に無謀な試みであるベンチャーの経営には、効率良く正解を探るエリート的思考ではなく、ビジョンで周囲を巻き込む「引力」が必要だ。創業期や新規事業の立ち上げには独特の熱気がある。
私自身を振り返っても、30代半ばで新媒体の創刊メンバーになったことや、40代後半でYouTubeチャンネルの開設・運営の責任者になったのは、一番やりがいをもって仕事をできた体験だった。
ギャラップ社による2023年の「グローバル職場環境調査」によると、「仕事にやりがいを感じ、熱意をもって働いている」会社員は日本では5%にとどまり、調査対象145カ国でイタリアと並んで最下位。仕事の満足度を測る類似の調査でも世界最低レベルで、エンゲージメントの低さは日本の会社員の宿痾(しゅくあ)のようにみえる。
踊る阿呆に見る阿呆
だが、私は今後、意識が変わってくるのでは、と期待している。理由は賃金デフレの終焉だ。ビジネスパーソンの意識調査では「給料が上がらない」「成果を上げても報われない」といった回答が不満の上位に並ぶ。社員の給料について、コストとしての側面ばかりに目が向かったのが賃金デフレ時代だった。
空前の人手不足によって風向きは変わり、賃金や人材育成の捉え方はコストから「ヒトへの投資」に転換しつつある。今後ますます、やりがいのある仕事で金銭的にも報われるという条件を提示できなければ、有能な人材は集まらない時代になっていくだろう。じわじわとビジネスパーソンの意識も変わってくるのではないか。
話を「投資する側」と「投資される側」に戻そう。「投資される側」の方が面白いなら、投資なんてしてないで、誰もが踊る阿呆になった方が良いように思える。しかし、それは実は話の順序が逆だ。
うらやましいと思えるほど熱気があるビジネスだからこそ、リスクマネーの出し手の眼鏡にかなう投資先になるのだ。熱気とマネーという補い合うピースが出会って、新しいビジネスが動き出す。
新NISA(少額投資非課税制度)が始まり、「投資する側」になるのはとても身近になった。これから先、投資教育の効果で若年層には投資はごく普通の営みとして浸透していくだろう。それは自己責任時代の資産運用の在り方として悪い話ではない。だが、若い人ほど早い段階で「投資される側」、踊る阿呆になる面白さを知ってもらいたい。