ここに来たのは20年ぶりらしく、珠美さんの記憶も定かではなく、ずいぶんと住宅地を走り回った。

「あー、あった」とうれしそうな声。珠美さんが指さした先を見ると、冷蔵庫や鉄くずが廃棄されたゴミ捨て場のような駐車場の奥に、老朽化した木造アパートがあった。家の前は舗装されておらず砂利のままで、郵便ポストは赤いメッキが剥がれて錆びていた。低所得を象徴するようなボロボロの家だった。

「全然変わってない、20年前からこのまんまだよ。ホント、気持ち悪い。クソオヤジを思い出しちゃったよ」

 珠美さんは木造アパートの裏に回って、いちばん奥の部屋を指さした。14号室。現在も誰かが住んでいるようだった。

「姉ちゃんね、あのクソオヤジに犯されてたの。ずっと」

 14号室を眺めながら珠美さんは、突然怒気がこもった声で言った。数十年前。ここでは悲惨な強姦が日常的に繰り返されていた。

「いつも姉ちゃん……悲鳴あげてた。イヤって」

 姉は珠美さんより10歳年上だった。姉の悲鳴を聞くようになったのは、小学校低学年頃からだった。午前中、母親が近所の工場にパートに行き、姉妹3人と働いていない父親が狭い14号室に残される。父親は「しっしっ」と言って犬を払うように下の妹2人を台所に追い払って、乱暴に和室の扉を閉める。しばらくすると、悲鳴が、嗚咽が、泣き声が、部屋の奥から聞こえてくる。

「あの野郎、姉ちゃんを犯していたんだよ。ド変態、ド鬼畜。死んだほうがいいよ。あたしね、姉ちゃんを助けることができないでさ、怖くて怖くて……泣いてばかりいてさ、耳を塞いで逃げていたの」

 珠美さんは姉の悲鳴が聞こえたとき、ゾッとするほど怖ろしくなり、命の危険を感じた。妹を連れてトイレの窓から逃げ出したこともあったという。

「あのクソオヤジ、暴力がすごかった。あたしと妹は毎日毎日、殴られていた。だけどね、だけど姉ちゃんは殴られるどころじゃなくて、犯されてたの、クソ狭い部屋でさ。クソオヤジがド鬼畜なのは、姉ちゃんを犯したことをいつもベラベラ、ベラベラうれしそうに家の中でしゃべってて、『挿れたのは18歳になってからだ!』とか偉そうに言うわけよ。ド鬼畜のクソだよ! 人間じゃないよ!

 姉ちゃんは18歳のときに子どもを堕ろしてるけど、怖ろしくて真相なんて聞きたくない。姉ちゃんね、ヤラれてるとき、怯えた犬みたいな声出すの。子どもだったけど、どれだけ怖ろしいことが扉の向こうで起こっているのか、十分わかっていたよ。いつか自分の順番がくるんじゃないかって。ホントは姉ちゃんを助けたかったのに、怖くて怖くて放って逃げちゃったの。この家からあの道まで何メートルかしかないのに、すごく遠くてね」