憎い父親そっくりな顔に
生まれた悲劇

 深夜2時過ぎ。深夜でもそれなりに交通量の多い川越街道は、珠美さんの心情を描写しているかのように静まり返っていた。

「生まれてから今まで、あまりにも醜いものしか見てこなかった気がする。だから、せめてきれいなものを見て死のうと思うのね。死んでもいいかなと思ったのは、もうずっと前だよ。20年くらい前かも。きれいなものを見ると、なにか背中を押されて死にたくなるの。だから桜の季節とかは危ない。とくに夜桜とか、引きずり込まれそうで怖い」

 どうして死を決意するほど絶望しているのか。

書影『私、毒親に育てられました』(宝島社新書)『私、毒親に育てられました』(宝島社新書)
中村淳彦 著

「この世から消えたいとは思っているの。消えるとしたら自分で死ぬ。自分の意思で消えるだけで、自殺したいわけじゃないの。『ここでいいや、人生』って思ったとこで死ねればいい。どうせ死ぬなら美しいものを見て死にたい。最後だからね。あまりにも世の中が汚い、淀んでいるので嫌なの。

 生きていても嫌なことしかない。一番に嫌なのはクソオヤジの血を継いでいる、自分の存在。言いたくないけど、あたし、クソオヤジに顔がすごい似ているの。だから、結婚しても子どもだけはつくらない。あんな男の血を継いでいる子どもを愛せるわけないし、殺したくもなるだろうし、そんなことを背負うのは耐えられないから」

 父親の血を継いでいる珠美さんは、自分自身を全否定していた。裸の仕事で他人に必要とされて、ささやかな喜びと充実感でなんとか命の終わりを延ばしてきた。憎んでも憎みきれない父親の遺伝子を濃く受け継ぎ、そっくりな顔に生まれた悲劇。そんな自分自身を憎むしかない無常。この世から消えたいと思い続ける珠美さんは、あまりにも悲しい。