忙しく働く現役世代の生活から一転、定年後にゆるやかな時間が流れるようになると、最初のうちこそ解放感を楽しめても、だんだん退屈になったり焦燥感が募ってきたりする。今のうちから定年生活をシミュレーションしてみてほしい。本記事では、25万部超のベストセラー『定年後 - 50歳からの生き方、終わり方』などの著書がある楠木新さんの著書『定年準備 - 人生後半戦の助走と実践』より一部をご紹介する。(書籍オンライン編集部)

「定年後」は50歳から始まっている! と考えるべき理由【『定年後』の著者・楠木新さんに聞く】写真はイメージです(Photo: Adobe Stock)

誰も名前を呼んでくれない……

 定年退職した男性が社会とのつながりを失って、誰も名前を呼んでくれない状態に陥った事例や、居場所がないことから家族との間に軋轢が生じているケースも数多く取材してきた。これらの問題の本質を一言で言えば、定年を境としてギャップが大きすぎるということだ。

 定年退職者が語る退職直後の解放感もこのギャップから生まれている。在職中は朝早くから仕事モードに入り帰宅して家でくつろげるのは夜遅くなってからという毎日だ。そういう生活を40年近く続けてきて、ある日を境に通勤する必要もなくなり、何もやるべきことがない生活に移行する。朝から一番時間を使うのは、ほぼ「テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」なのである。

 退職当初は、ほとんどの人が会社生活から解き放たれた喜びを語る。私は会社員と執筆の二足のわらじを履いていたので、会社との距離は相当あると思っていた。ところが、退職当初の解放感には自分でも驚いた。会社員がまとまっている鎧の重さを改めて感じた次第である。

 人によって違うが、その日常から解き放たれた気分も、2か月もすれば徐々に収まり現実に引き戻される。そこから社会とつながりたいと思ってハローワークなどで仕事を探し始めても、今までの経験を活かした仕事はほとんどなく、興味のある会社に履歴書を送っても面接にもたどり着けない。「そこで気分的に落ち込むのが典型的な流れだ」と語る定年退職者もいる。彼は現在、高齢者の生活相談に乗ったり、セミナーで講師を務めたりしている。

自分や生活をいきなり変えることはできない

 退職したのだから仕事がなくなるのは当然だとしても、人間関係もスケジュールもその日を境にすべて失われる。「7割の高齢者は地域における活動にも従事していない」という調査結果から想定すると、今まで組織の中で背負っていた義務や役割や責任も同時に失って、地域ではそれに代わるものが見つかっていない人が多い。

 定年前後の一つの課題は、このギャップに対してどう対処するかであろう。定年退職日はある日を境に必ずやってくるが、本人は自分自身や生活をいきなり変えることはできない。この隔たりの大きさに戸惑うのである。一方で、50代から次のステップの準備をして定年の到来を心待ちにしている人もいる。

 そう考えてくると、定年前後のギャップを埋めるには、定年前の働き方を修正することも考慮に入れなければならない。定年後というと、すぐに退職日以降のことを考えがちであるが、「『定年後』は50歳から始まっている」というのが、取材を重ねてきた私の実感である。